「未完成ライラック」(本田昌子)

未完成ライラック (新創作児童文学)

未完成ライラック (新創作児童文学)

 もしわたしが講談社の編集者だったら、この作家を引き抜いて、青い鳥文庫のfシリーズでシリーズ化させますね。イラストが村田四郎だから夢水清志郎と間違えて買う人がいるかもしれないし……というのは失礼か、ごめんなさい。でも冗談はぬきにして良質のSFでした。
 内容はタイムマシンと芸術と「家政婦は見た」。物語はお手伝いさん萩原アンの語りで綴られています。ですます調の語りが華やかな雰囲気を醸し出しています。なにしろ一人称が「わたくし」なのですから。語りの美しさは特筆に値します。彼女は憧れの作曲家、ミスター・トロットの家で働いています。ところがラドラド・マルキャベリという黒ずくめの怪しげな男(どうみても夢水清志郎)が家に出入りするようになってから、ミスター・トロットは不機嫌になってしまいます。ラドラドを追い出そうと談判を始めた萩原アンは、彼からミスタートロットとのあいだで交わされたとんでもない取引の全容を聞かされます。
 ラドラドはタイムマシンでやってきた未来人で、ミスター・トロットに彼が生涯で作曲するすべての交響曲の楽譜を渡していました。そして浮いた時間を使って、ミスター・トロットに新しい交響曲を作曲させようとたくらんでいました。見事曲ができたらそれを未来に持ち帰り、ミスター・トロットの未発表の曲が発見されたと公表して売りつけ、大もうけをしようというのです。
 もちろんそんなことをすればタイムパラドックスが起こるはずなのですが、そこには深入りしていません。そのかわり芸術の厳しさと美しさが表現された好短編になっています。
 表題作のほかにもう一作、ラドラドが登場する話「月夜にダンシング」が収録されています。ラドラドがタイムマシンをつかって金儲けをたくらみ失敗するというパターンは確立されているので、アイディアさえ続くのであればシリーズ化してもらいたいんですが。もう10年以上前の本だしなあ。