「レールの向こうへ」(高森千穂)

レールの向こうへ (ホットほっとシリーズ)

レールの向こうへ (ホットほっとシリーズ)

 Louisさんに紹介して頂いた本です。余計な先入観を与える情報なしでこの本を紹介してくださったことに感謝します。
 話の内容は至って単純です。小学5年生の主人公、勝のもとに「内田隆之」という人物の訃報を知らせるはがきが届きます。ところが勝には、「内田隆之」が何者なのかまったく心当たりがありませんでした。勝は隆之の正体を探るため、長野新幹線に乗ってはがきに記されていた住所に向かうことにします。
 あらすじはこれだけ。作中にしつこいくらい挿入される鉄道蘊蓄がなければ分量はこの三分の一くらいですんでしまうでしょう。しかし鉄道蘊蓄を省いてしまうとこの話は成り立たなくなります。主人公の勝は鉄道写真を撮るのが好きな鉄道ファンでした。ところがちかごろ進学のために塾に通い始め、めっきり鉄道とはご無沙汰になっていました。そんな時にこの事件が起こったのです。この出来事は隆之の正体を探る旅であるとともに、鉄道ファンとしての自分のアイデンティティを確認する旅にもなっていたのです。
 彼は趣味を持つ人間ならだれでも経験することになる選択肢に直面していたのです。すなわち日和って世間に迎合して生きるか、それとも自分の好きな道を突き進むかという選択です。
 ところで理不尽なことですが、趣味にはヒエラルキーが存在していて、世間的によく思われる趣味とそうでない趣味が厳然と分けられています。そのヒエラルキーのなかで鉄道は決して高い地位にいるとはいえません。実際作中でも、鉄道写真を撮る勝が大学生のカップルにバカにされる場面が出てきます。そうした世間から侮られる趣味に生きる姿勢を肯定してみせたことにこの作品の意義があるのだと思います。
 そうした意味でのこの作品のすごさは、終盤に明かされる勝と隆之の接点となったある場所に象徴されています。寡聞にしてこの場所を舞台とした児童文学を私は他に知りません。この場所も鉄道と同じく、世間的にはあまりよく思われていません。ところが本作はこの場所を夢のひとつの目標地点として全肯定してみせました。しかも本作は小川未明賞という権威ある賞も受賞しています。児童文学界にはあの場所を許容できるだけの懐の深さがあるのだと驚かされました。
 そういうわけのこの作品はネタバレ厳禁です。あの場所、あの場所と思わせぶりないい方しかできないのがもどかしいですが、こればっかりは口がさけてもいえません。児童文学でまさかこの単語をみるとは思いませんでした。自分の目を疑いましたとも。未読の方はぜひ読んでこの場所の正体を確かめてもらいたいと思います。