「黒猫が海賊船に乗るまでの話」(古市卓也)

黒猫が海賊船に乗るまでの話

黒猫が海賊船に乗るまでの話

 迷信深く決して不吉な黒猫を入れるはずのない海賊船に、一匹の黒猫が住み着きます。その黒猫は海賊のキャプテンを昔から知っているようですが、キャプテンには心当たりがありません。黒猫は船長に昔のことを思い出させるために、物語をはじめます。
 黒猫が語った物語の主人公にして語り手はやはり黒猫のトマ。トマはおそらく先の長くないであろうじいさんと暮らしています。じいさんはトマと、離れて暮らしている娘のミドリさんに人形芝居を見せることになります。登場する人形は三体。海賊を目指す少年のシルバーと、海賊のパイク、そしてどんな役でもこなすことのできる役者の人形。人形たちはなぜか自分の意思を持っているようで、自力でしゃべったり動いたりすることができます。芝居のストーリーは、シルバーとパイクが海賊の船長を捜すというものになるはずでしたが……。
 枠物語の中にさらに劇中劇が登場するという、いわば二重の枠物語ともいうべき複雑な構造を持ったお話です。劇中劇の芝居はまったくおもしろくありませんが、それは問題ではありません。物語の仕掛けを考えれば、芝居が混乱して停滞するのは作者の意図通りなのでしょう。そもそもこの作品では、物語の内容ではなく、物語るという行為そのものが問題にされているのだと思います。物語の仕掛けは非常にこっていて興味を持たせてくれます。
 しかし、なぜ物語らなくてはならないのかという肝心の部分がわたしには読みとれませんでした。さらに、作品で死が重要なテーマになっている以上、作品には作者の死生観が反映されていなければならないはずですが、その部分も伝わってきませんでした。技巧がこっているのはおもしろいのですが、その技巧によって何を伝えたいのかがわかりません。よってこの作品が成功しているかどうかはわたしには判断できません。