「七時間目の占い入門」(藤野恵美)

七時間目の占い入門 (講談社青い鳥文庫)

七時間目の占い入門 (講談社青い鳥文庫)

 「七時間目の怪談授業」に続く七時間目シリーズ第2弾。前作では怪奇現象を切って捨てた藤野恵美ですが、今回のターゲットは血液型占いです。
 転校生の佐々木さくらは占いをすることで瞬く間にクラスの人気者になります。ところがクラスの中には占いをよく思わない者もいました。占いが嫌いな阿倍野いよは、帰りの会で占いをやめさせるように提案します。ここで阿倍野いよは、血液型占いのインチキを合理的に解いて見せます。それに対してさくら陣営は、小谷秀治というブレーンを引き入れ、論点のすり替えを図ります。秀治のアドバイスは的確でした。

あたる、あたらないという議論では、水かけ論になってしまう。それよりも、クラスメイトたちに、占いはおもしろく、役に立つという点を主張するんだ。

 この戦略によって学級会の多数決では見事さくら陣営が勝利し、なんか非科学的なものに寛容な感じに流れてしまいます。しかしここで終わらないのが藤野恵美!なんとクラス内でAB型差別が跋扈しはじめます。そしてクラスの係分担まで血液型によってわけようという話になり、めんどくさいウサギ小屋掃除がAB型に押しつけられそうになります。ここで立ち上がったのがまたしても小谷秀治。彼は血液型は赤血球の抗原を示しているだけのものであることを説明し、「血液に性格を決める物質などは、流れていません。」と説きます。そしてこう結びます。

差別ってものが存在することをゆるすと、いつか、自分が差別される側になるかもしれない。そこをよく考えてください。

 完璧です。一貫して不合理なものを排除し、差別が起こる構造を暴き立てている。
 血液型占いがインチキであることは藤野恵美は中盤までに証明しています。実はこれは本質的な問題ではないのです。本質的な問題はなぜそのような不合理な迷信が必要とされるのか、いかなる同調圧力によって黒いものが白くなってしまうのかということです。血液型占いのインチキさについては早めにクリアし、この本質的な問題に踏み込んでいったことが、藤野恵美が戦略的な啓蒙文学者であることを示しています。
 血液型占いに疑問を持つ人間の描かれ方が興味深いです。血液型占いに疑問を持つのは、空気の読めない人間か、血液型差別を受けている人間だけです。つまり、マイノリティの側にいる人間です。空気が読めない人間は血液型占いを否定した阿倍野いよと、天才少年の小谷秀治。特に面白いのは小谷秀治で、この子はなんらかの発達障害が疑われるくらいに空気が読めない。しかし彼は、空気が読めないが故に何事にも合理的な説明を付けないと気がすみません。たとえば彼は、なぜ自己紹介の時に星座や血液型を申告しなければいけないのかわかりませんでした。そして女子たちと占いの話をしているうちに、彼はこう気づきます。

その人物は、自分が何座の何型であると紹介することで、血液型および星座占いにおけるその項目の性格を参照せよ、そして自分がどういう人物であるか判断せよ、と伝えているわけだったのだ!

 こうまで明晰な言葉にしなくても、普通は空気読んでわかるわけですよね。でも、空気読んで要領よく生きていると、その問題点を意識しないまま迷信を受け入れてしまうことになります。
 一方で、当たり前のことですが差別を受ける当事者も占いに疑問を持ちます。この場面は差別の本質をよく表していて、被差別者であるAB型の人間がどんなに合理的な反論をしようと、「AB型だから」で片づけられて、相手にされないのです。
 さて、これら2パターンの占いに懐疑的な人間を登場させることで、藤野恵美は恐ろしい現実を伝えています。つまり、空気が読めて差別も受けていない人間、マジョリティにとっては迷信も差別もOKだということです。そういう人間には小谷秀治の「差別ってものが存在することをゆるすと、いつか、自分が差別される側になるかもしれない。」というセリフで説得するしかありませんが、これは難しいです。
 藤野恵美は勝ち目の薄い戦いに果敢に挑戦してしまいました。彼女にはぜひ21世紀の井上円了として頑張ってもらいたいです。