「ミッシング・ガールズ レイの青春事件簿①」(松原秀行)

ミッシング・ガールズ ─レイの青春事件簿1─ (YA! ENTERTAINMENT)

ミッシング・ガールズ ─レイの青春事件簿1─ (YA! ENTERTAINMENT)

 パスワードシリーズの外伝、高校生時代のレイさんのお話です。パスワードシリーズ自体すでに舞台の時代が古くなっているのですが、この作品は必然的にそれより古い時代設定になってしまうので、懐かしい感じがします。筆の遅い劇作家の例に井上ひさしというネタがわかる現役中高生はそう多くはいないでしょう。
 舞台は風浜市にある中高一貫の天の川学園。レイは現ア研(現代アート研究会)に所属する高校一年生。現ア研のメンバーはレイのほかに3人です。三年生で部長の今泉純は現ア研の創設者。三年生にもかかわらず受験勉強もせずに研究会活動に尽力している奇人です。無駄に博識。二年生の森下のぞみはボーイッシュな少女ですが、電波文学少女という一面も持っており、あぶなげな無季定型俳句を詠んでおります。最年少中三の古木慎吾はちょっと影が薄かったです。今のところはのぞみの付属品でしかなかったので、2巻以降の活躍が待たれます。
 さて、肝心の現ア研の活動内容はというと、その名の通り現代のアートを研究する会です。研究対象がちょっと頭のいい文系高校生が興味を持ちそうなもので愉快です。最初の事件は現ア研がめでたく部室を手に入れた翌日に訪れました。レイが勇んで部室に飛び込むと、そこにはオタマジャクシの入った水槽が……。「レイの青春事件簿」最初の謎はこのオタマジャクシの用途です。しばらくして部長が来ると、彼は現代音楽の旗手ジョン・ケージについて蘊蓄をたれました。ジョン・ケージ、偶然性音楽、そしてオタマジャクシ……。答えはひとつですね。いかにもおバカな高校生が考えそうな楽しい思いつきです。後になって高校生の思いつきとケージの芸術はレベルが違うということをお説教しているのもまた教育的でいいです。
 おそらく松原秀行やはやみねかおるが受けている理由は、こういうおバカでマニアックなことで盛り上がれる文系オタクの楽園を描いているところにあると思います。そして先に挙げた井上ひさしのネタや、「ニャンニャンニャン同好会」をつくろうとして却下された少女が灰色の猫につけていた名前が「サミアド」であったというようなネタが当たり前のように出てくる空間の楽しさ。これが魅力なのでしょう。
 ミステリ部分は、太陽の塔に隠された岡本コードの謎を解きつつ、学園で起こる連続三つ編み少女失踪事件がメインになってきます。真犯人の仕掛けた罠が迂遠すぎて実現する可能性が常識的に考えてゼロに等しいところが気になります。しかし、現代でパノラマ島的妄想を繰り広げるときに、それが乱歩的世界ではなく、少女が悪と戦うヘンリー・ダーガー的世界になるのは興味深いです。
 今まで松原秀行にはあまり縁がなかったのですが、この作品は炸裂する蘊蓄とトンデモ妄想がわたしの好みにあいました。「YA!」で一番楽しみなシリーズになりそうです。