「森の大あくま」(二宮由紀子)

森の大あくま

森の大あくま

 「森の大あくま」というタイトルなので、どんな恐ろしい悪魔が登場するのか期待すべきところですが、二宮由紀子なのでそうはいきません。大あくまはあまりに恐ろしい姿をしているので、大あくま自身も怖くて鏡を見ることができません。彼はいつも恐ろしいことばかり考えていて頭が痛くなるので、「ほのぼの心あたたまるようなことだけを考えることにしよう」と決心していました。どう考えても怖い話になりそうにありません。とどめをさしたのが魔女のおかあさんが大あくまによびかけたセリフです。「まあ、ユウタったら」。ここで大あくまの名前がユウタであることが明かされます。ユウタ、あまりに平凡すぎる名前です。この名前によって大あくまの存在は一気に地上に引きずりおろされます。二宮由紀子作品、この力の抜け具合がたまりません。
 大あくまがアオサギと言い争う場面など抱腹ものです。ふたりはアオサギが大あくまより強くて大あくまを食べられるかどうかで言い争っていたのですが、大あくまが自分の方が大きいことを主張したためにアオサギがひるんで、こんなことを言い出します。

……おっ、おっ……おまえなんか、まずそうだから、ぼくは、ほんとはたべたくなんかありませんよーだ!

 このセリフは完全な負け惜しみですから、大あくまはここで勝利宣言をしてよいのです。ところが大あくまはまずいといわれたことがくやしくて、「……おっ、おっ……おれさまは、まずくなんか、ありませんよーっだ!」と言い返します。ケンカのレベルが幼稚園児並みで笑えます。この後大あくまは目的を見失って、アオサギがたべたくなるようにおいしそうなマグロに変身しようと奮闘することになります。すばらしい頭の悪さ、最高です。