「きみときみの自転車」(沢村凛)

きみときみの自転車 (エンタティーン倶楽部)

きみときみの自転車 (エンタティーン倶楽部)

 「ぼくがぼくになるまで」の続編。今回は語り手が交代し、前作の「ぼく」が「きみ」に変容しているところが目を引きます。
 前作は人形が鳥に転生し犬に転生し最後に人間の女の子に転生して誘拐事件を解決するという驚愕のストーリーでしたが、今回は一変して非常に地に足のついたお話でした。
 語り手は新キャラの相原一史。彼ははマウンテンバイクの選手でしたが、事故にあったために自転車に乗れなくなってしまいます。ある日一史は公園で前作の探偵団のメンバーが七星ルリ(前作の「ぼく」)の自転車の練習につきあっている場面をのぞき見します。そしてこともあろうに七星ルリ(今回は「きみ」)に一目惚れしてしまいます。

きみを初めて見た時、一瞬、息が止まった。
人形みたいな顔だと思った。「かわいい」というのとは、少し違う。まるで、人間じゃないみたいで怖いような、それでいて、ずっと見ていたいような……。

 一史くん、頭はあまりよくなさそうですがいい勘しています。この後探偵団メンバーは自転車を放置していなくなってしまい、一史はこっそり自転車をさわって、そのまま立ち去りました。ところが次の日、探偵団のメンバーが一史の家にやってきます。一史は「きみ」にいきなり「どろぼう」よばわりされます。話を聞くと、昨日「きみ」の自転車がなくなったので、一史が容疑者扱いされているというのです。一史は疑いを晴らすために、自転車を盗んだ真犯人を突き止めると宣言してしまいます。
 ミステリとしてみるとこの作品は地に足のついているところが長所になっています。事件は自転車の盗難とありふれていて、捜査方法は地道な聞き込みと張り込み。超人的な推理力を働かせるわけでもなく、頭脳はいかに人を騙して有益な証言を引き出すかという方向に使われます。なにしろ最近の大人は個人情報がどうのこうのいってなかなか口を割りません。「おとなって、何かを始めると、極端になるところがある」から困ったものです。
 事件に関わった人たちを見ていくうちに、一史は自分のトラウマの正体に気づきます。他人に自分のアイデンティティを規定されてしまうという問題。前回と同じく自我を巡る深いテーマを扱っています。
 キャラクターも魅力的です。探偵団の面々がお互いの欠点を補い合っているのがいいです。女の子達は行動力は持っていますがすぐ暴走してしまいます。そこを天地充雄がなだめて方向性をつけると。弟ふたりは姉に押されて存在感が薄いですが、彼らが何を思っているのかも気になります。続編があるならぜひ弟にもスポットを当ててもらいたいです。また、七星ルリが今後人間としてどう生きていくかも気になるところです。この探偵団の物語はぜひ続けてもらいたいです。いっそ沢村凛、児童文学に転向してくれませんかね。学研のエンタティーン倶楽部は児童文学プロパーでない作家を多く引っ張ってきて成功を収めていますが、なかでも沢村凛を引き抜いてきた選球眼の鋭さにはおそれいります。