「DIVE!!①」(森絵都)

DIVE!!(1) 前宙返り3回半抱え型

DIVE!!(1) 前宙返り3回半抱え型

道スポ根小説

 わたしは森絵都を職人的な作家だと思っています。エンターテインメントの公式やお約束を知り尽くしており、なおかつそれを絶妙に料理する技量を持っている。いじわるないい方をすれば、あざといともいえます。そんな彼女が「スポ根を書く!」と決意したのだから、おもしろくならないわけがありません。
 滅亡寸前のダイビングクラブに救世主のように謎めいたコーチが現れる。そしていきなりオリンピックを目標にぶちたてて、当面の目標として中国で行われる強化合宿のメンバーにはいることを求める。
 とにかく話は大きければ大きいほどいいんです。高校野球ものだったら甲子園というわかりやすい目標がありますが、この話は飛び込みというマイナーな競技を扱っています。一般読者には何をどうしたらすごいのか皆目見当もつきません。でも、オリンピックを目標に出されたら納得するしかありません。
 そして中国での強化合宿です。実際の中国の飛び込みのレベルがどうであるかはこの際考慮に入れなくて構いません。だって東洋の神秘の国「中国」なんですから。そりゃ「中国」で合宿したら格段にレベルアップするに決まっています。
 登場人物はあまり色のない知季を主人公にし、ライバル役にサラブレッドで野生児の飛沫と、サラブレッドで天才型の要一を配置しています。これもスポ根のセオリー通りです。
 森絵都のこの作品に対する姿勢を推しはかる上で印象的な場面があります。それは謎めいた麻木コーチの正体を富士谷コーチが語る場面。

「いわゆる帰国子女というやつだ。六歳から一四歳までの八年間をニューヨークで暮らしている。」
(中略)それまで上の空だった小学生たちが一斉に顔を上げた「アメリカ」だとか「ニューヨーク」だとか「クリントン」だとか、なぜだか小学生たちはそういう単語が好きだ。

「麻木コーチは、亡くなられたミズキ会長のお孫さんだよ」
(中略)この突然の告白に、「社長令嬢」だの「御曹司」だのの単語も好きな小学生はますます瞳を輝かせている。

 これは皮肉でしょう。森絵都は小学生だけではなく、読者に「おまえらこういうの好きなんだろ?んん?」と迫っているのです。これは、自分がおもしろい物語を提供できるという自信の現れなんだろうと思います。

スポ根のパロディ

 一方でこの作品は、スポ根のパロディとしての一面もあります。たとえば、コーチに対して、「あの人、『ガラスの仮面』とか好きだぜ、きっと」と揶揄する場面があります。いうまでもなく「ガラスの仮面」は日本を代表するスポ根漫画です。こういうせりふが出てくるということは、物語自体が自分がスポ根であることを自覚していると言うことです。自己言及的なメタレベルのギャグだと解釈してもいいと思います。
 知季は新しく来た麻木コーチにひいきされます。その他大勢のレイジと陵は麻木コーチに顧みられることはありません。それは、レイジや陵に才能がないからではありません。彼らは主人公ではないから、ぞんざいな扱いを受けるのです。陵はこんなせりふをつぶやきます。
「でも、テレビや漫画じゃ、いつも最後に勝つのはトモみたいな無欲のアホ面なんだよ」
 まるで陵は彼らの住む世界がスポ根の世界であることを自覚しているかのようです。
 で、選ばれた知季は「ダイヤモンドの瞳」という大げさなだけで意味があるんだかないんだかわからない称号を与えられます。
 血統の重視、大げさな必殺技、本当にいやみなくらい忠実にスポ根してます。こうした「ダイブ」の物語のありかたすべてを見ても、本作はスポ根のパロディであるといえると思います。