「走れ、走って逃げろ」(ウーリー・オルレブ)

走れ、走って逃げろ

走れ、走って逃げろ

 第二次世界大戦下のポーランドが舞台。わずか8歳のユダヤ人の少年スルリックがゲットーからひとり逃げ出す話です。
 命がけでスルリックを逃がした父親は、スルリックにいくつかの注意を遺しました。

キリスト教徒としてどうふるまったらいいか教えてくれる人を見つけて、十字の切り方やお祈りを覚えるんだ。

自分の名前を捨てろ。記憶から消すんだ。

だが、ぜんぶ忘れても、父さんや母さんを忘れても、自分がユダヤ人だということは決して忘れちゃいかんぞ

 父親は生き残るためにキリスト教徒を装うように指導します。スルリックはユレクと名前を変え自分の居場所を模索します。彼は様々な人物と出会い世話を受けることになるが、やがて別れるということを繰り返します。伝統的な孤児物語の様式にユダヤ人迫害という緊迫した要素が加わることによって、非常に読み応えのある物語が展開されています。
 もっとも重いのは終盤のエピソードです。戦争が終わり、スルリックはユダヤ人救援組織に保護されますが、自分がユダヤ人であることを否定し逃げ出してしまいます。その頃スルリックはもはや自分のほんとうの名前を忘れ、ユダヤ人としてのアイデンティティをうしないかけていました。これは苛酷な環境に適応する子供のたくましさと肯定的にとらえることもできますが、やはり人間の生まれや育ちによるアイデンティティを剥奪してしまう戦争の罪深さに打ちのめされてしまいます。いや、他人事のようにいってはいけないでしょう。戦後60年以上を経てなお在日コリアンに対するレイシズムがはびこっている今の日本でこそ、このテーマは考えられなければなりません。