「ぼくはアイドル?」(風野潮)

ぼくはアイドル? (わくわく読み物コレクション)

ぼくはアイドル? (わくわく読み物コレクション)

 2005年の後藤みわこ「ぼくのプリンときみのチョコ」に続いて、2006年の風野潮「ぼくはアイドル?」。ふたりの女性作家が立て続けにエンタメの体裁で性の問題にするどく斬り込む作品を発表しました。くしくも両作品ともイラストが亜沙美。これがムーブメントを起こしてくれれば大変面白いことになると思います。
 主人公のヨシキは母親がテレビの司会者をしている関係で、謎の美少女ミキとして女装してワイドショーの手作りコーナーに出演しています。女装は嫌々やっていますが、手芸は大好きで将来は編み物作家を目指していました。もちろん周囲には女装のことは隠しています。ところが幼なじみの少女有沙が転校して来たためにミキの正体がばれそうになります。一方、ヨシキの血のつながっていない父親に浮気疑惑が浮上し家族の仲が険悪になります。浮気相手と疑われた美女カオルは実は性同一性障害の元男だということがわかったのですが、カオルが父親のことを好きだと口走ってしまったためにますますこじれてしまいます。
 手芸が好きな男の子がいても全然かまわないはずなんですが、今の社会でそれはゆるされていません。自分らしく生きるという当たり前のことが大変な困難になってしまう社会の矛盾をわかりやすくあぶりだしています。女装している人が置かれている現状を、率直に「水商売」という言葉を使って説明しているのも英断だと思います。
 序盤から印象深いエピソードが登場します。女装している状態のヨシキがテレビ局で男性アイドルと激突した場面。相手に「前もちゃんと見ないで走ってんじゃねよ。顔に傷でもついたら、どうしてくれるんだ」と怒鳴られたヨシキはこう思いいます。

 なに言ってんだ。こいつ
 そういうのってふつう、女のほうが言うせりふだろ。――いや、ほんとはぼくも男なんだけどさ、今は(外見的には)あっちが男でこっちは女なんだから、そんなふうに言われるとめちゃくちゃ腹が立つ。

 ヨシキは自分は性的には「ノーマル」だと思っていますが、女装している時にはこんな感じ方をする。思考が外見に規定されるという興味深い現象を描いています。
 ただ、デリケートなテーマを扱っているわりには少々説明が杜撰なところがあるのでそこには注文をつけたいです。まず、性同一性障害に対する説明が不足しており、すべてのおかまさんが性同一性障害であるかのような誤解を与えかねない欠陥を持っています。もうひとつ、自己主張する性同一性障害の人々をみてヨシキが自分が本当の自分に対して嘘をついていることに気づく構成はいいです。しかし、性同一性障害とヨシキが抱えるジェンダーの問題は本質的に別の問題であることに対するフォローがなかったのは惜しいと思います。
 しかし細かい欠点はさておき、難しいテーマに挑んだ意欲と、それをきちんとエンタメとして表現した努力は評価されてしかるべきです。