「おはなしのピースウォーク まぼろしの犬」(日本児童文学者協会 編)

まぼろしの犬 (おはなしのピースウォーク)

まぼろしの犬 (おはなしのピースウォーク)

 日本児童文学者協会創立60周年記念出版作品。まず古田足日による「はじめの発言」の一部を引用します。

子どものとき、ぼくはなぜ家を焼かれ、こわされた中国の子どもたちのことを想像できなかったのか。当時の少年雑誌や本に、そういう記事、物語がなかったことがその原因の一つだと思う。当時、この戦争はどいうい戦争なのか、またもっと広く深く「戦争とはどういうものなのか」と考えさせてくれる記事、物語はまったくといってよいほどなかった。
今、イラクで戦争はつづいていて、日本の自衛隊イラクへ行った。しかし、自衛隊イラクへ行ったのは当然のことだったのだろうか。この本がきみたちの疑問を引き出し、疑問に答えるきっかけとなり、戦争のことを考える材料となれば、実にうれしい。八十歳の年寄りの思いをこめて、この物語集を未来をつくるきみたちにおくる。

 収録作品は以下の通り。

「辛子入り汁かけ飯」(岡田依世子)
「しゃもじい」(中原光)
まぼろしの犬」(島村木綿子)
「おばけイチゴを食べた日から」(最上一平
「サンタクロースをやめた日」(木村研)
「真夏のバトルフィールド」(川北亮司

 各作品については西山利佳の「おわりの発言」が的を射た解説をしているのであまり付け加えることはありません。どの話も「おはなし」によって平和を訴えることの意味について考え抜かれた結果生み出された作品だと思います。
 「しゃもじい」と「サンタクロースをやめた日」は、想像力によって戦争の実態を語ることに成功した作品です。とくに「サンタクロースをやめた日」は、プレゼントを配られるべき子供達の不在によってあぶりだされるさむざむとした戦場の現実の描写に、胸をしめつけられるものありました。
 「まぼろしの犬」は、語り手を日本で暮らす犬に設定し、テレビの中で見る戦場に犬がいることを発見させています。戦場にいるのは人間だけではない。いわれてみれば当たり前のことなのですが、当たり前のことを実感を伴って意識させるのはやはり「おはなし」の力の偉大さなのだと思います。
 「辛子入り汁かけ飯」では言葉の問題に踏み込んでいます。カレーを「辛子入り汁かけ飯」とよび、野球中継を見て「無為」とか「圏外打」とか意味のわからないことをまくし立てる老人と、「無理ぽ」とか言う小学生を出会わせ、この国が進みつつある方向を検証しています。
 「おばけイチゴを食べた日から」はサマワに派遣された自衛隊員の娘を主人公とし、現在がまさに銃後であることを意識させています。自衛隊の海外派兵という既成事実ができてしまった以上、お父さんが間違っているとは思いたくないというように思考にバイアスがかかってしまうのは避けられません。しかし理性によってそのバイアスを克服できる可能性を示しています。
 「真夏のバトルフィールド」ではゲームの仮想体験により、少年に戦場に送られた兵士の心情をシミュレーションさせています。少年は最後には東京の人混みの中に紛れたテロリストを撃てるようになってしまいます。兵士になるとは「日本の平和」のためなら相手が誰であろうと殺せるようになることにほかなりません。