「合成怪物の逆しゅう」(レイモンド・F・ジョーンズ)

合成怪物の逆しゅう (冒険ファンタジー名作選)

合成怪物の逆しゅう (冒険ファンタジー名作選)

 エキサイトブックスでもネタにされている有名なトラウマ本らしいのですが、初めて読みました。確かにこわい、グロい、その上ラストは問答無用で泣かされる、トラウマになるはずです。今読んでこんなにおもしろいのだから、小学生時代に読んでいたらどんなにすごいことになってたか。小学生時代に読めなかったのが残念でなりません。
 主人公はアメリカの人工頭脳センター職員のジョン。人工頭脳センターとは、死人の脳を利用してつくられた人工頭脳で様々な国策を決定する機関です。この人工頭脳のおかげでアメリカは「りそうの国で、ゆたかで、正義の国で、平和の国」になっていました。センターでは優秀な研究員が500人も働いていて、彼らはみな自分の死後脳をセンターに提供する契約をしていました。ジョンもその一人です。物語はジョンが新婚旅行のドライブ中に崖から転落し、妻のマーサとともに死亡するところから始まります。物語の開幕と同時に主人公が死亡するというだけで児童向けとしてはインパクトが強すぎます。しかしその後の展開はさらにすごい。死んだはずのジョンは意識を回復し、脳だけになってしまった自分が研究センターに保存されており、今にも人工頭脳の中に組み込まれようとしていることを知ります。センターの研究員でジョンの義兄のデミング博士は、人工頭脳に使われているのは生きている脳であること、センターの幹部の多くが死後脳を提供するという契約を撤回していることを知り、委員会で人工頭脳の廃絶を訴えます。しかしデミングは会議の席上で銃殺されてしまいます。人工頭脳に組み込まれたジョンは、人工頭脳の電波で操作できる技術ロボットを使って、自分の意のままに操作できる合成神経細胞群塊・略称ゴセシケを開発します。ゴセシケ一号は手足がなく目だけが付いているカエルのおばけのようなものでした。ジョンは徐々にゴセシケを進化させていき、マーサやデミング博士、ほかの脳たちとともに情報収集やセンターへの抵抗活動をはじめます。
 死人の脳でつくられた人工頭脳や合成神経細胞群塊はもちろんグロテスクですが、技術自体には罪はありません。本当にグロテスクなのは技術を利用して非人道的な行動をする人間たちの欲望にほかなりません。グロテスクな化け物だったゴセシケが人間の姿になるリリシズムにあふれたエンディングがそのことを象徴しています。
 しかしこの作品の中では、政府の権力は強大で、真実を訴える人間はあまりに非力に描かれています。真相を訴えるものはことごとく殺されてしまいます。真実を知ったジャーナリストは殺され、裁判で真実を訴えたデミング博士の妻は、精神鑑定で精神障害とされ訴えが取り下げられた上で殺されます。
 さらに強大すぎる権力の恐ろしさとともに、政府を盲信し思考停止に陥っている民衆の恐ろしさも描いています。そのものずばり「協力党」なんて名前の政治団体が出てくるあたり皮肉が効いています。

「人工頭脳センターは、政府みたいなものよ。国の最高の研究所なのよ。国が、まさか、わるいことをして?」
「国という人物はいません。人間が国をつくり、政府をつくり、センターをつくっているのです。人間ならまちがったことも、しでかします。」(55ページ)

「きみは、むかし、こういうことがあったのを、歴史の本で読まなかったか。ドイツの皇帝フリードリッヒ二世が、『国民をだますことは、国をおさめていくうえに、有益であるか、どうか』というテーマで、学者たちに、そのこたえをけんしょうぼしゅうしたが、ほとんどの人が、国民をだまして政治をしたほうが、うまくいく、というへんじをしたのだよ。まだ世の中が、おろかだったから、こんなこたえをしたのだときみはおもうかね。ちがう、いまだって、これからだって、政府は国民をしょっちゅうだますだろう。」(89ページ)