「うしろの正面」(小森香折)

 傑作です。小森香折が日本のファンタジー児童文学界のエースになる日が刻々と近づいてきました。
 生まれる前に父親を亡くした少年水野暁彦のはじめての一人旅の物語です。父親の伊作は地方の旧家王ヶ崎の人間でしたが、彼が水野家に婿養子に入ったために、暁彦の家と王ヶ崎家は疎遠になっていました。ところが暁彦が十二歳になった夏の日、成人の儀式をするという名目で突然王ヶ崎家からの招待を受けることになります。
 物語としては少年のイニシエーションが題材なのですが、それを支える物語世界の豊饒さには目を瞠るものがあります。まず導入、王ヶ崎家へ向かう電車が土砂崩れのために止まってしまい、暁彦は怪しいおばあさんの案内で誰も乗っていない不気味な電車に乗せられてしまいます。車窓にはあるいはずのない風景が映り、誰もいないはずの車内に突然出現した少女は意味ありげなセリフを吐き、早くも読者は不安のどん底に突き落とされます。
 そして村に着いてから繰り広げられる恐ろしくも幻想的なイメージの数々。かごめかごめを踊る男たちの不気味さ、知っているはずの人々が恐ろしく変容する生まれ変わりの儀式、開くと異世界に通じるふすま。時空など簡単に飛び越えてしまう悪夢的な光景に圧倒されてしまいます。この不気味さを見事に再現し作品を盛り上げている佐竹美保の手腕も見逃せません。
 終盤に唐突な闖入者が現れる展開は賛否が分かれるかもしれませんが、このあっけにとられる感も小森香折の魅力として肯定したいです。
 おそらくこの物語には語られていない裏設定がたくさんあるものと思われます。父親の名前が生け贄の子イサクであることも意味ありげですし、「ニコルの塔」に登場したキャラクターが顔を出しているのも気になります。深読みしたくなる要素をさりげなく盛り込んでいるところも憎いです。