「父ちゃん」(高橋秀雄)

父ちゃん (文学の散歩道)

父ちゃん (文学の散歩道)

 昭和34年の農村を舞台とし、少年良夫がなかなか「父ちゃん」と呼べない義父の悟一やんとの距離を縮めていく物語です。
 この味も素っ気もないシンプルすぎるタイトルでこの設定とくれば、どうせ最後は良夫が悟一やんを父ちゃんと呼ぶ場面でしめるんだろうと読者には容易に想像できます。そこをあえて押し通すというのは、作品に対してよほどの自信がないとできないはずです。で、それが成功しているかというと、憎たらしいことに大成功しています。この手の作品に感動させられるのは本当に悔しいのですが、傑作なんだからしかたがありません。
 ごくごく普通の貧しい人々に寄り添う作者の姿勢が素晴らしいです。なかでも貧しい中で気高く生きる悟一やんには魅了されてしまいます。
 こういうほめ方をするとノスタルジーに訴える安っぽい娯楽小説のように思われてしまうでしょうが、この作品は違います。善意を描く一方で、そこらの普通の人が自分より弱いものに残酷な悪意を向ける様もきっちり描いており、作品の奥行きは非常に広いです。