「ぼくがもうひとり」(山中恒)

ぼくがもうひとり (山中恒よみもの文庫)

ぼくがもうひとり (山中恒よみもの文庫)

 隣に大川多恵が引っ越してきてからというもの、小学5年生の中谷大樹の周りでは不思議なことばかり起きます。待機に嫌がらせをした子供の元に、夜中大樹のドッペルゲンガーが現れて仕返しをしているというのです。そのため大樹に対する嫌がらせはますますエスカレートし……。
 山中恒作品の中でもスラップスティック度では飛び抜けている作品です。何がすごいって登場人物がほとんど全員変態なのがすごい。まず「はじめに」で作者自らが学校にインタビューにおもむき、主人公の中谷大樹がどのくらい変人かを暴き立てるという念の入れ方に恐れ入ってしまいます。クラスの女子から「あいつと仲よくするぐらいなら、パンティーにガマガエルを入れてあるくほうが、まだ、ましよ!」と吐き捨てられるくらいの嫌われっぷり。大樹はいじめられているという一点で読者の同情を得てもよさそうなものです。しかし彼は尻を丸出しにして嫌がらせをする男子に迫るなど奇行を繰り返し、読者の同情すら拒んでしまいます。
 大樹をいじめる悪役三人衆、上原健太郎、坂井道子、黒田友高もそれぞれにハイレベルの変態ですが、なかでも坂井道子がすごいです。彼女は小学生ながら男の子の大事なところに異常な執着を持っており、大樹をしばりつけてパンツを脱がせ、大事なところにひどいいたずらをします。道子の兄もそれに輪をかけた変態で、やはり抗議に行った大川多恵のパンツを脱がせようとします。灰皿を持った大川多恵とゴルフクラブを構えた道子の兄がにらみ合う様子は怖くて笑えます。
 いや、下品で暴力的で本当に好きかってやっていますね。このころ*1山中恒の一番脂ののりきっていたころなのでしょう。児童向けでこのくらい理不尽なまでのパワーを持ったギャグを書ける作家は他にいません。
 さて、変態しかいないこの作品の中で一番の変態さんはヒロインの大川多恵でしょう。いいところなんかひとつもない大樹に好意を持っているのだから、これは常人の理解を超えた変態です。

*1:「こどもの光」に1978.8から1980.3にかけて連載