「おさげの騎士」(山中恒)

 1964年4月から1965年3月にかけて学研の「中学三年コース」に連載されていた作品です。中学三年生の木原ユキエは勉強ができる上に和唐流体術という武術の使い手で腕っぷしも強いクラスのボスでした。そんな彼女が高校受験を控えて機嫌悪く暮らしているおり、北地信一郎という美形の転校生が転校して来るという噂が流れました。ユキエは信一郎の世話は自分がすると宣言しますが、実際の信一郎は鬼がわらかET入道のような風貌のさえない男子でした。みんなの前で宣言した手前引くに引けず、ユキエは信一郎と中学最後の一年を過ごすことになります。
 山中恒はそれこそ数え切れないほどの濃いキャラクターを生み出していますが、その中でも際立った存在感を持っているのが北地信一郎です。ばけものじみた風貌と、それ以上にばけものじみた知識量が印象に残ります。
 たとえばすかした国語教師が授業中生徒たちに知っている詩を暗唱しろと指示すると、信一郎は朗々と「恋人よ ぼくはあなたのうんこです」とうたいあげます。教師が怒り出すと、それが金子光晴の詩であることを指摘してみせる。始末におえないガキです。豊富な知識ととんちを駆使した彼の意地悪は非常にスマートです。しかしどこか抜けている面もあって憎めません。何でも腕力で解決しようとするユキエと頭脳派の信一郎の一風変わったラブコメが展開されます。
 ラブコメとしての本作のおもしろさは、スクールカーストに基づいた身分差を超えた恋愛を描いている点にあります。タイトルの「おさげの騎士」には、信一郎がおさげのユキエを守る存在であるということと同時に、ユキエが主君で信一郎は従僕であるという身分関係も伝えています。ユキエは終盤にこんな述懐をします。

ほかの男子生徒はみんな、ユキエをお姫さまか、女将軍みたいにまつりあげて、なにひとつよけいなことはいわなかった。でも信一郎は違った。ま正面からぶつかっても受けつけないユキエの悪いところを、あの手、この手で反省させてくれた。
「そうだわ、ああいうのを、本当の友情っていうんだわ!」

 クラスメイトを暴君をいさめる家臣扱いです。ユキエは自分が暴君であることを自覚している面ではかわいげがありますが、クラス内の身分制度に対しては全く屈託がありません。物語の中盤でふたりが誰が見ても相思相愛になっているにもかかわらず最後まである種の緊張感が持続しているのは、身分差が背景にあるためでしょう。
 また、この作品の背景にはもうひとつ田舎と都会の対立があり、この図式を当てはめるとユキエも下位の階層の存在になります。この構図も作品の緊張感を高める装置になっています。