「ハンサム・ガール」(佐藤多佳子)

ハンサム・ガール (フォア文庫)

ハンサム・ガール (フォア文庫)

 直木賞残念会ということで、佐藤多佳子初期のスポーツ小説を取り上げます。
 元プロ野球選手を父親に持つ小5の少女二葉が少年野球チームに入りピッチャーとして活躍するお話です。野球チームといえばホモソーシャルの代表みたいなものですから、チームの男子たちは女子の加入に嫌悪感を隠そうとしません。二葉が好投すれば軋轢が生まれるし、スランプになったらなったでまた関係がこじれ、お互いがお互いをスポイルしあう最悪の悪循環に陥ってしまいます。この状況に佐藤多佳子は意外なかたちで解決を与えます。事態が好転したときの二葉の心境が描かれている部分を引用します。

 予想してたのとはぜんぜんちがった。何か劇的なことが必要だと思ったの。例えば試合で大活躍して男の子たちが感心して仲間に入れてくれる、なんてね。でも、ちがう。小さな毎日の積みかさね。暑い夏休みに毎日毎日グラウンドに出かけ、泥まみれ汗まみれで、いっしょに練習する。そうやって、わたしは、「ヒーロー」にも「男の子」にもならずに、アリゲーターズの一員になれたみたい……。(フォア文庫版147ページ)

 というわけで、劇的なことは何も起こらないまま問題は解決してしまいました。直木賞候補作を読まれた方ならおわかりのように、佐藤多佳子は面白くしようと思えばいくらでも面白くできるだけの技量を持っています。しかしあえてそれをせずに、日常の積み重ねという現実的な手段で事態の収拾をはかった禁欲的な姿勢がすばらしいです。では、その積み重ねがきちんと描写できていたかとなると別の問題になりますが。
 とはいっても、この作品に娯楽要素がないわけではありません。ラストの試合の場面は盛り上がりまくります。