「EE′症候群」(皿海達哉)

EE′症候群 (新こみね創作児童文学)

EE′症候群 (新こみね創作児童文学)

 1998年刊行の皿海達哉の短編集です。リアリズム児童文学の最前線を走り続けていた彼がひとつの短編集を不条理系でまとめた興味深い本なのですが、現時点ではこれを最後に彼の本はしばらく出ていません。以下収録作4作に簡単にコメントを。

ダチカン先生の金魚すくい

 「オニのダチカン」という綽名を持つ熱血教師ダチカン先生は、落ちこぼれの児童の居残り指導などに熱心に取り組む評判のいい教員でした。しかし居残り組の常連正俊は縁日で金魚すくいの屋台を出しているダチカンに出会い、彼の恐ろしい一面を目撃することになります。
 何事にも表と裏があるというお話。ダチカン先生はある方法で自分のクラスの成績を上げていました。ダチカンが自分のクラスの成績が学年で一番であることを過剰に誇っている教員であることには注目が必要です。もちろん成績がいいにこしたことはありません。しかし、それぞれの生徒の実態や事情を捨象して成果のみを求めていては、それを教育と呼ぶことはできません。とはいえ、もうすぐ強制的に実施される学力テストの結果で教員の給料が決まる時代が来るようなので、そんな悠長なことはいっていられません。全国の教員は早めにダチカンの技術を勉強しておいた方がいいでしょう。

行列

 勝正は帰り道で奇妙な行列を発見します。その行列の先には自分の家の柿の木があり、人々は次々に木に登っていました。はたして行列をつくっている人々の目的はなんなのか?
 忘れてはいけない思い出をめぐるいいお話です。が、挿絵の顔のない人々の不気味さはなんなのでしょうか。

EE′症候群

 中学校の入学式で俊信はタキガワというあやしい上級生に捕まってしまいます。彼がいうには、この学校はエリートを育てる文部省指定の実験校で、俊信はエリートに悪影響を与える「EE′症候群」に罹患しているので一般生徒から隔離しなければならないというのです。ところが今度は白衣を着た上級生のオカムラが現れタキガワを追い払い、、タキガワはEE′症候群の患者なのだと告げます。ところがとろが、彼女も俊信がEE′症候群であると決めつけます。彼女はその証拠としてこんな指摘をしました。

 例えば、あなたは校門を入ったところの桜を、合計三分五十二秒も見続けている。常人の場合は、平均五秒ないし十秒、一分を越えるどころか、四十秒を越す人だってほんとうに稀なの。

 どうでもいいことにいちゃもんをつけて生徒にレッテルを貼ろうとする無責任な教育言説に皮肉をいっているようです。
 さて、この後また同じパターンが繰り返され、登場した教師がオカムラを追い払って彼女もEE′症候群の患者なのだと明かしました。ここまでEE′症候群の患者たちは好き勝手なことを語り、不条理な世界を展開しました。しかし彼らもエリートだの非エリートだの勝手なことを言う大人の犠牲者で、本当の不条理は子供が大人から非現実的な要求を押しつけられてしまう存在であることなのだと思います。ひどい目にあった俊信は小学1年生ながらしっかりしすぎている妹のリリ子に難しすぎる注意を与えます。

 リリ子、いいか?勉強ってな、どんなことがあっても、ほどほどにしとかんといけないんだぞ。普通でいいんだぞ。その普通も、特別の普通じゃなく、ほどほどのほんとの普通じゃなくちゃいけないんだぞ!

うずくまった鳥のジャンプ

 教育実習生が生徒にバカにされ、実習最後の日に屈辱的な芸を強要されるお話です。これは痛すぎるので多くは語ることはできそうにありません。ただバカにされるだけなら救いがあるのですが、同時期に体育会系のさわやか実習生も来ていて彼と差がつけられるのが残酷でやるせないです。