「幼ものがたり」(石井桃子)

幼ものがたり (福音館文庫 ノンフィクション)

幼ものがたり (福音館文庫 ノンフィクション)

 初出は福音館書店「子どもの館」1977年4月号から1978年5月号。石井桃子の幼少時代の思い出が綴られた自伝文学です。
 当たり前のことですが、この本に登場する人物は今となってはほとんど故人になっています。石井桃子が生まれ育った浦和の風景も全く様変わりしています。作中で触れられている場所で多少なりとも当時の面影を残しているのは調神社くらいのものでしょう。しかしこの本を読めば、明治末期の浦和の風景、まちのざわめき、人々の息づかいまで体感することができます。
 石井桃子個人に興味のない人にはこの本を読む動機は持ちにくいかもしれませんが、ひとつの土地の姿が言葉の力で再現される奇跡は見ておく価値が充分にあります。一流の作家の手によって半永久的に保存されることになった浦和というまちは幸せです。