「その日が来る」(森忠明)

その日が来る (国土社の新創作童話)

その日が来る (国土社の新創作童話)

 森忠明の短編集です。森忠明作品はとにかく人死にが多いです。長編であればだいたい一冊に一人の死者ですみますが、この本は短編集なので、一人ではすみません。川で溺れ死に、山で転落死し、服毒自殺もあり、ガス自殺もあり、大虐殺が繰り広げられています。
 表題作「その日が来る」はもしかしたら森忠明作品で一番有名かもしれません。国語の教科書に掲載されていましたから。なかなか野球部の正選手になれない主人公が、くじ引きで当てたやかんを部に寄贈するか思い悩むお話。くじの三等だったやかんに寄せる主人公の思い入れにぐっとくるものがあります。ただのやかんに圧倒的な存在感を持たせた森忠明の技量に感服させられます。十数年ぶりに読み直して、国語の授業でどういう読みをしたのか全然覚えていないことに気付き愕然としてしまいました。
 人死には出ませんが子供の失踪者の出る「これをしるす」も印象に残る作品です。小学校の卒業を前にクラスで評判の悪い児童岡部義人が黒板に「別れのことば」を書き残して女子児童とかけおちしてしまいます。

三組のみんな、あばよ
つまんねー学校だったけど
おまえたちは幸せになってくれ
おれと湯川咲子はおさきに卒業す

 学級委員の森少年は卒業式用の「別れのことば」の執筆を先生から頼まれていましたが、自分には岡部義人の「別れのことば」より優れたものを書けないことは重々自覚していました。岡部義人に対する劣等感にうちふるえる森少年の姿は痛ましく、強烈な切なさが読者の胸を打ちます。

 あいつがしるした別れのあいさつは黒板消しで消されてしまい、ぼくがこれからしるすことばは、上等の白い紙の上にのこるが、いつまでもぼくの中にのこるのは、ぼくがしるすことばじゃなくて、あいつがしるした桃色のチョークのことばだろう。
 ぼくの作文は、なんの効きめもない捨てパンチになるのだ。