「小熊秀雄童話集」(小熊秀雄)

小熊秀雄童話集

小熊秀雄童話集

 小熊秀雄は1901年生まれで、わずか39歳で夭折してしまった童話作家です。童話だけでなく詩や美術批評など多彩な分野で活躍しました。今となっては知る人は少なくなってしまいましたが、忘れられてはならない作家の一人です。
 容易に映像を思い浮かべられる鮮烈なイメージが印象に残ります。「三人の騎士」では、勇敢な騎士が謎の女性と墓をあばき、取り出した赤児の死骸をむさぼり食う恐ろしい場面が描かれています。「たばこの好きな漁師」では、漁師に無理矢理天から落とされた帚星の天女の復讐で、海が赤い海星で埋め尽くされる不気味で美しい光景が展開されます。
 最も発想が狂気じみているのはやはり「焼かれた魚」でしょう。人間に焼かれて今にも食べられようとしている秋刀魚が故郷の海に帰りたいと切望し、猫に取引を持ちかけます。それは自分を海まで連れて行ってくれたら一番おいしい頬の肉を差し出すというものでした。しかし猫は途中で秋刀魚を投げ出し、ちゃっかり肉だけいただいて去っていきます。今度は溝鼠に自分の半身の肉を差し出すと頼みますが、やはり溝鼠も海までは連れて行ってくれず、約束の肉だけ食べてしまいます。この調子で秋刀魚の体は海に辿り着くまでにさまざまな動物に蹂躙され、海に着いたときには骨しか残っていませんでした。奪われても奪われてもなお故郷を目指す秋刀魚の狂おしい情熱に圧倒されてしまいます。