「アゲハが消えた日」(斉藤洋)

アゲハが消えた日 (わくわくライブラリー)

アゲハが消えた日 (わくわくライブラリー)

 斉藤洋の作品の中で珍しくメッセージ性の強い作品です。さらに宇野亜喜良のイラストとあいまって、夢ともうつつともつかない幻想性の高い作品でもあります。
 昭和39年、どこかの国が核実験をして、雨を浴びると髪の毛が抜けるという噂が流れた年のお話です。正の通っている小学校ではいろいろなものが消失する事件が立て続けに起こっていました。探偵が趣味の友人チュウ太の調査によると、この事件は「ふつうの盗難」ではないようです。
 一方正の身にも異変が起こっていました。彼はぼーっとすることが多くなり、無意識のうちに自分が知るはずのない未来の知識(例えばリニアモーターカーの仕組みなど)を口走るようになります。とうとう精神病院に連れて行かれることになりますが、異常は見つかりませんでした。
 以下結末に触れます。


 それから30年後、東京に核が落ち正は死んでしまいます。そのとき核爆発のショックで時間の流れにゆがみができ、正の精神のみ昭和39年の正の中にのりうつりました。消失事件もその時間のゆがみが原因でした。
 それから正は、未来の核戦争の記憶を持つ者として生きていくことになります。しかしそんな特殊な体験をせずとも、最悪の未来を回避するためにみんなが責任を負っていることは同じです。ラストのメッセージは力強いものでした。

 大きな歴史の流れも、一人一人の人間が集まってつくっている。とるにたりないような偶然、ひとりひとりのちょっとした考えかたや行動の変化だけでも、歴史の流れは変わる。 
 未来は変わるのだ。悪い未来なら変えなくてはいけない。時間は同じ流れをたどるとはかぎらない。ひょっとすると、正はこのまま成長しても、あの光景のなかでのようにリニアモーターカーの設計はしないかもしれない。もっとほかの仕事につくかもしれない。
 いま、正は考えている。たった一人、アゲハが閃光の中で消えた日から帰ってきた人間として、いったいなにができるだろうかと。