- 作者: 福永令三,三木由記子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1985/10/14
- メディア: 文庫
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心を揺さぶる短編小説には悲劇と喜劇のバランスのよい配合が求められますが、この作品集ではそれが見事に実現されています。この本を読んで福永令三がかつては短編の名手だったことに改めて気づかされました。特に印象に残った作品二作を紹介します。
ひとつは「赤信号のなみだ」。赤信号のカピタンファイヤーは小学4年生のさゆりちゃんに恋をしています。彼はさゆりちゃんが通るときはいつも信号を青にしてあげます。そのため信号が壊れているのではないかという疑惑が持たれ、警察にマークされることになります。しかしそれでも彼は警官の見ている前で信号を青にし、とうとうお払い箱にされてしまいます。
一言でいえばロリコンストーカーの悲哀を描いたお話です。この作品の悲劇性はカピタンファイヤーとさゆりちゃんのあいだに交流が生まれる可能性が最初から閉ざされているところにあります。いくらカピタンファイヤーがさゆりちゃんのために便宜を図っても、彼の好意が彼女に伝わることはありません。ですからカピタンの行動はどこまでもひとりずもうに終わってしまいます。そしてこのひとりずもうっぷりがよい喜劇になってます。カピタンファイヤーは信号の中で管理職のような立場にいるようですが、そのおっさんが年端もいかない少女のために部下に命令して信号をかえさせるさまは異様で笑えます。そのために最終的には命まで失ってしまう。命を安売りしすぎです。この暴走っぷりは喜劇としか言いようがありません。しかしそういうおばかな行動をせざるを得ないところに人間の悲しさがあります。
ふたつめは「植木ばちのなみだ」です。植木鉢のちとるが主人公。「ちとる」という風変わりな名前が印象に残ります。持ち主の小学校にあがったばかりのさとるくんが自分の名前を間違えて書いたのがこの名前の由来です。さて、ちとるは植木鉢ですから、さまざまな植物の同居人を得ることになります。ところがはじめは同居人とうまくいくのですが、やがてちとると同居人は仇同士になってしまいます。なぜならちとるが壁となって植物の根の生長を妨害してしまうから。仲よくしたいのに敵対せざるを得なくなってしまう不条理がテーマになっています。
ぼろぼろになったちとるに、中学生になったさとるくんが「ちとる」と名前を書き直すラストが美しいです。それまでちとると植物の関係のみにスポットが当てられましたが、ここでちとるとさとるくんの絆があったことに気づかされ救いが与えられます。しかしそもそもさとるくんがきちんと管理しておけばちとるはこんな苦労をしなくてすんだはずです。実は諸悪の根元はこの思慮のない飼い主だったのです。飼い主いかんによっていらぬ苦労をしてしまう不条理が、悲劇でもあり喜劇でもあるといえます。