「風の妖精たち」(メアリ・ド・モーガン)

風の妖精たち (岩波少年文庫)

風の妖精たち (岩波少年文庫)

 英国ヴィクトリア朝の作家メアリ・ド・モーガンによるファンタジー短編集。矢川澄子の優美な訳文がぴったりの極上の幻想文学です。
 一見荒唐無稽なフェアリーテイルですが(そしてそこがいいのですが)、人間の本質を鋭く突いている部分も見逃せません。表題作の「風の妖精たち」は、誰に踊りを教わったのかを口外しない約束で妖精に踊りを習った少女の物語。彼女は王にどこで踊りを教わったのか問いただされますが、どんな拷問にも耐え決して口を割りませんでした。これは殉教的な献身の物語にもとれますが、実は彼女と妖精の取引は至ってドライなギブアンドテイクの取引です。こんなセリフに少女のしたたかさたくましさが光っています。

「ああ、ああ、何でこんな目にあわされるのでしょう?こんなむごたらしく扱われるようなわるいことはひとつもしていないのに。風の妖精さんたち、助けにきてよ。いまこそ絶体絶命。ぎりぎりの時なのよ。あなたがたに見放されたら、わたしはおしまいだわ。おねがい、約束を守ってね、こちらもちゃんと守り通したのですもの。」(p39)

 「農夫と土の精」は妖精との契約のせいで妻に内緒で妖精に貢ぎ物をしなければならなくなった農夫の物語。一緒に暮らす相手に隠し事をしなければならないのはつらいことです。身につまされる向きも多いのではないでしょうか。本の紹介文には「土の精と知くらべをする農夫の話」とありますが、実際には知恵くらべなどされておらず、農夫の知恵はいかに妻をだまして妖精への貢ぎ物を確保するかという方面に活用されます。この農夫の情けなさが愉快です。落ちがまったく肩すかしなのも優雅でよいです。