「さぎ師たちの空」(那須正幹)

さぎ師たちの空 (心にのこる文学)

さぎ師たちの空 (心にのこる文学)

 詐欺師が活躍するピカレスク小説で、那須作品の中でも娯楽性の高さは抜きん出ています。
 主人公は広島の不良中学生太一。不良グループの金を盗んで大阪に出てきたところを、偽警官にだまされ有り金すべて奪われてしまいます。これが太一と詐欺師アンポさんの出会いでした。ところがふたりはラーメン屋であっけなく再会します。太一は金がないので因縁をつけて食い逃げしようとしますが、店員にばれてたたきのめされます。そこをアンポさんに助けられて、太一は詐欺師に仲間入りすることになります。
 なんといってもおもしろいのアンポさんのキャラクターです。腕のいい詐欺師で大阪のガラの悪さになじんでいる彼ですが、実は東大出のインテリで安保闘争に関わっていたという噂もあり、つかみどころがありません。彼は町の人間を集めて「共産党宣言」をテキストに勉強会を開いています。しかしその内容はでたらめもいいところ。平家の旗は赤旗だから平清盛共産主義者で、清盛の孫の安徳天皇が大陸に逃げ延びてその子孫のレーニンが革命を成し遂げたなどと、右からも左からも怒られそうなことを放言しています。アンポさんの姿は虚実入り乱れており、どこに実体があるのかつかみかねます。
 彼のしかける詐欺も役者と舞台装置を揃えた演劇のようなもので、現実の中に虚構世界を作り上げます。しかしそこで繰り広げられる人間の欲望劇は本物です。
 やがてアンポさんは詐欺に失敗して負傷し、太一は最後は学校に戻ることになります。虚実入り乱れた世界でいろんな経験を積んだ子供がとりあえず現実に戻る結末にほっとさせられます。