「赤いカブトムシ」(那須正幹)

赤いカブトムシ (童話の花たば)

赤いカブトムシ (童話の花たば)

 「昆虫採集の楽しさをおしえます」と副題がついていますが、図が多用されて昆虫採集のテクニックが実践的に紹介されているので、この目的は十分達成されています。しかし物語としての後味の悪さも一級品です。
 主人公の茂は生物クラブに所属する兄の影響で昆虫採集を趣味にしている男の子。しかし昆虫採集という趣味は「環境を破壊する」とか「残酷だ」とかいう誤解を受けており、弾圧されていました。ところが茂が新種と思われるオスの赤いカブトムシを発見しマスコミに騒がれ出すと、周囲は手のひらを返したように茂をちやほやしだしました。茂に無関心だった教師たちも自分の手柄のように日頃の教育の成果を強調しました。世間というもののいい加減さを暴き立てていますが、鬱展開になるのはこれからです。
 赤いカブトムシは結局新種とは認定されませんでした。しかし、もしメスの赤いカブトムシが発見できたなら新種と認められる可能性もあると助言されます。茂は次の年も赤いカブトムシを捜しますが発見することはできません。去年と違いカブトムシの捕れる場所を他人に知られてしまったので、もしかしたら他の人間に先を越されてしまうかもしれないという不安も茂の胸をかすめていました。
 焦った茂は普通のカブトムシのメスに赤いラッカーを塗って兄に見せてしまいます。兄はすぐさま生物の先生に電話をかけ見せに行きました。茂は嘘だと告白する機会を失ってしまい、真相を知り帰ってきた兄に怒鳴りつけられることになります。
 ばれることは火を見るより明らかなのにどうして茂はこんな事をしてしまったのでしょうか。この動機を明晰な言葉で説明することはできそうにありません。しかしわかっていて破滅に向かって転んでしまう彼の気持ちはわからなくもないです。
 物語のラストで茂は本物の赤いカブトムシを発見します。そのカブトムシは

 あざやかな赤いからだを、おしげもなく昼間の太陽にさらしながら、三頭のカブトムシは、クヌギの幹の上を、じりじりとうごきまわっていた。その高さは、茂が、ちょっと背のびすれば、とどきそうでもあり、そうでないようでもあった。

 と描写されています。作者の意地の悪さがにじみ出ています。