「タヌキただいま10000びき」(那須正幹)

タヌキただいま10000びき (童心社・新創作シリーズ)

タヌキただいま10000びき (童心社・新創作シリーズ)

 リンゴの名産地の架空の島花木島が舞台です。本土からの連絡船に子連れの女性の一団が乗り込み、島に上陸した後姿を消してしまうという不気味なエピソードで物語の幕が開きます。そして島の小学生ヤスオとどうもタヌキが化けているらしい少年ムシオの交流と、花木島で繰り広げられる町長選挙合戦が並行して語られていきます。
 選挙に立候補したのが高橋銀次郎という人物。この人物は建設会社の社長で、観光産業と癒着して島に観光施設を誘致しようとしていました。この方針がタヌキに嫌われたのか、彼は行く先々でタヌキに化かされ、タヌキを目の敵にするようになります。そこへ対抗馬として現れたのが正田彦右衛門という老人でした。彼は「花木島を守る会」という謎の応援団体を引き連れ、高橋銀次郎の政策に異を唱えます。
 花木島のリンゴ農業も行き詰まっていて、ヤスオの父親をはじめ島の大人達も高橋を応援します。しかし島を観光地にしてもどうなるかはわからない。この話は開発が悪で環境保護が善という単純な構図では描かれていません。どちらの陣営も結局は自分の利益しか考えていないのです。タヌキにしても別に環境を守りたいとか、古き良き生活を守りたいとかいう大仰な理念があって立ち上がったわけではありません。現状の花木島の方がタヌキにとって暮らしやすいというだけの理由でちょっかいをかけてきたのです。非常にシビアな世界が描かれています。