「ズッコケ山賊修業中」(那須正幹)

ズッコケ山賊修業中 (こども文学館 (50))

ズッコケ山賊修業中 (こども文学館 (50))

 近所に住む堀口青年と山にドライブに出かけた三人組。男四人のあまりぱっとしない小旅行で不満たらたらでしたが、その上帰り道で思いがけない災難に出会うことになります。なんと山賊のような風体の集団に拉致されてしまったのです。
 三人組と堀口青年をさらったのは土ぐも族と名乗る集団でした。土ぐも族は土ぐもさまという宗教的指導者を中心にした集団で、百人に満たない程度の人数で山の洞窟の中で自給自足に近い生活をしています。拉致の目的はこの小集団に新しい血を入れることで、三人組らは将来土ぐも族の女と強制的に結婚させられるのだと説明されます。もちろんいきなりそんなことを言われても承諾できるわけがありません。三人組らは土ぐも族に従うふりをしつつ、ひそかに脱走のチャンスをうかがいます。
 なんといっても目を引くのは、土ぐも族・土ぐもさまの設定です。土ぐも族の説明によると、土ぐもさまは「天孫族なる異国の蛮族」に王座を奪われた「日本国を治める真の王族」で、いずれ都に攻め上って王座を取り戻すために力をたくわえているのだそうです。土ぐも族は洞窟の中で完結している完全に閉鎖された集団ではなく、里にも警察官までふくむ多数の信奉者を抱え、ひそかに勢力を伸ばしています。
 里の信者を交えて行う神事がまた異様でした。信者たちは口々に「おうらみもうす」と唱え、自分に降りかかった災難は全て土ぐもさまのせいであると訴えます。この信仰についてハカセは「自分の不幸を、みんな土ぐもさまにおしつけて、さっぱりして帰っていく」システムだと分析し、「いくらおがんでも、ぜんぜんご利益のない神さまよりは、ましかもしれない」と論評しています。
 今読むとずいぶん物騒な設定だなあと思いますが、もちろん初めて読んだ小学生時代には作者の言わんとしていることの半分も理解できませんでした。しかしながら国の正史から外されたものに対する想像力の持ち方の一端くらいはつかめていたと思います。読者と近い目線の三人組が土ぐも族に抱く感情も、はじめは得体の知れないものに対する恐怖が主体でした。しかし彼らと暮らす中で、共感はできないまでもわずかに理解できるポイントを見つけていきます。そして最後には三人組は脱出に成功しますが、堀口青年は「自由意志」で土ぐも族と共に生きることを選択します。この異常な状況下で本人の主張する「自由意志」がどれほどあてになるかは疑問ですが、「自由意志」で残るという選択肢の存在を示しただけでも充分インパクトはあります。
 歴史を語り、宗教を語り、国家を語る。シリーズの中でも非常にスケールの大きな作品です。ズッコケシリーズの最高傑作はどれかと問われれば、わたしは迷うことなく「山賊修業中」だと答えます。