「ムクリの嵐 蒙古襲来」(那須正幹)

ムクリの嵐―蒙古襲来 (痛快歴史物語)

ムクリの嵐―蒙古襲来 (痛快歴史物語)

 1980年に刊行された著者初の歴史小説です。数学研究社の「痛快歴史物語」という叢書の一冊で、元寇がテーマですから、それは痛快な娯楽小説になっているはずです。全く見たことのない武器を持って襲い来るムクリ軍(蒙古軍)に対して必死で応戦する日本の武士達、そして最後の最後に奇跡の神風が吹いて大団円……というような話になるわけがありませんね、那須正幹だし。後書きで神風史観批判を展開しているくらいですから、侵略者を倒してめでたしというようなエンターテインメントになるわけがありません。「痛快歴史物語」の中でもおそらくこの本くらい「痛快」という言葉とかけ離れた内容の作品はないでしょう。
 主人公は安芸国の貧乏武士の親子赤木義昌と主税で、彼らは武士というより農民に近い生活を送っていました。そこへ、地頭から自分の代理として九州の防衛に当たるようにという命令が下されます。ところがたどり着いた博多ではまだ元が攻めてくる気配が無く、暇をもてあました武士達が酒、けんか、ギャンブルに興じて自堕落な日々をおくってました。戦争がないとなると滞在費に困るだけなので、義昌は普段と同じように百姓仕事をして過ごします。もうすぐ戦争が始まるというのに全然盛り上がりません。つまらない現実をありのままに描写しているのがかえっておもしろく感じられます。
 さて、元が攻めてくるとそれまでのだらけた雰囲気から一変して、こんどは目も当てられないような血みどろの戦場が描写されます。父親の義昌は討ち死にし、主税はひとり故郷に帰ります。ところが主税の本当の試練は故郷に帰ってから訪れました。
 主税は戦の恩賞を地頭に横取りされてしまいます。不服を申し立てると館に夜討ちをかけられ、館を焼き払われてしまいました。主税は地頭に恩賞として与えられることになる久米村の百姓と共同戦線を張ることにします。すると幕府や地頭に逆らったと見なされ御家人の身分を剥奪され、とうとう「悪党」扱いされるまでになってしまいました。
 この作品において異国からの侵略者の存在は、国内の矛盾を暴き立てるための触媒でしかありません。その触媒によってひとりの武士の価値観が武士のものから百姓のものへ変容していく過程がダイナミックに描かれています。