「千年の時をこえて」(沢村凛)

千年の時をこえて (エンタティーン倶楽部)

千年の時をこえて (エンタティーン倶楽部)

 日本ファンタジーノベル大賞出身の沢村凛“文学少女”シリーズ竹岡美穂のコラボレーション。学研のエンタティーン倶楽部は刊行点数は少ないものの、ときどきこういうおもしろい人選をしてくれるから侮れません。
 小学5年生の少女吉野静枝(シーちゃん)が近所の神社で平安時代の少年マコマと出会い、万葉集の歌を通して交流を深めていく物語です。
 主人公のシーちゃんの悩みがあまりに卑小なところがいいです。恋愛がよくわからないのにクラスメイトに「シーちゃんの好きな人って、だれ?」と訊かれて曖昧な返事をしてしまう自分に嫌気がさし、「やだな、やだな、生きてるのって、やだな。」とまで思ってしまう。わからないことに悩みながらわからない自分がちょっと特別だと思っている傲慢さが透けて見えて痛々しいです。思いあまってあまり仲のよくない姉に「これから先の人生で、もう二度と、楽しいことなんてないんじゃないかって思ったこと、ある?」と相談したら「ガキのたわごと。」とばっさり一刀両断されてしまいます。彼女の悩みはつまらなくて卑小なだけに切実です。
 あまりにさりげないのでうっかりすると見過ごしてしまいそうですが、あとがきにあるようにこの作品は安楽椅子探偵もののミステリです。マコマがつぶやく万葉集の歌をヒントに日常の謎が解決されていきます。一見我々とは遠く隔たっているように見える万葉集の言葉から現代人の心の動きを解明していく過程はスリリングです。しかしたとえ千年の時が隔たっていようと、人間の心情は変わりません。昔の人間もわれわれとおなじようにつまらないことで泣いたり笑ったりしていました。ですから、万葉集を使って現代の謎が解けることは不思議でもなんでもありません。言葉に「言霊」と呼ばれるに値するような神秘的な力があるのだとしたら、千年の昔を手が届きそうなくらい身近に感じさせる力は間違いなくそのひとつだと思います。
 そう、千年の時をこえるなんて実は簡単なことなんです。本を読むだけでいい。この世界には言葉があるんだから。