「鬼の市」(鳥野美知子)

鬼の市 (新・わくわく読み物コレクション)

鬼の市 (新・わくわく読み物コレクション)

 健太の家は節分の日に豆まきをせず、逆に鬼を迎える行事を代々行っていました。ある年の節分の日、健太と姪っ子のしおりが鬼が泊まっている部屋を覗くと、そこには死んだはずのしおりの父親誠二さんがいました。誠二さんはしおりをかわいがり、鈴カステラを食べさせてくれましたが、その後しおりは引きつけを起こして意識を失ってしまいます。健太は「しおりのなかみ」を取り戻すため、鬼の協力を得てあの世に旅立つことになります。
 あっちの世界に引き込まれた子供を連れ戻しに行く話なので、「電脳コイル」を連想してしまいました。しかしこっちの方は緊迫感や悲愴感が全然ありません。そのかわり、ゆるさと変なテンションの高さが同居した独特の世界を楽しませてくれました。
 タイトルの「鬼の市」とは死者たちが棺桶に入れられた品を取引するフリーマーケットで、健太はここで情報を集めてしおりの行方を捜すことになります。ところがこの鬼の市、死者たちが鬼の的当てに興じていたりするとんでもなくのんきな空間でした。健太も健太でこの非常時にこんな気の抜けたことを考えています。

しおりの身体のなかみをさがさなくては!ところで、身体のなかみってどんな物だ?理科室の人体模型のような物だろうか?だったら、たとえしおりでも気持ち悪いなあー(p75)

 このとぼけ具合がたまらなくおもしろいです。
 作品の完成度という点では首を傾げざるを得ない面もあります。わたしが見落としたのかもしれませんが、しおりがあの世に引き込まれた理由が最後まで判然としませんでした。しおりは誠二さんにもらった食べ物を食べて倒れ、健太は鬼から鬼の市で売っているものを食べないように警告されるので黄泉戸喫がキーとも思えますが、そこは特につっこまれることはありませんでした。そもそも鬼が健太たちの味方で誠二さんも本物だとすれば、しおりを危険な目に遭わせる理由がありません。ラストのマーちゃんのエピソードなども唐突であまり必然性が感じられませんでした。
 しかしこの作品は力で押し切っているので、多少の瑕疵は気になりません。パワフルで楽しい読み物でした。