「キャベツ」(石井睦美)

キャベツ

キャベツ

 キャベツといえばやっぱりブタヤマさん。石井睦美はわかってらっしゃる。
 石井睦美による家族愛の物語です。母親と大学生の兄と高校生の妹の三人家族。父親が亡くなってから母親が勤めに出たため、兄が家事を引き受けることになり、彼はすっかり所帯じみた青年になってしまいました。これといって特別な事件は起きず、ほこほことした幸福感に包まれた日常が綴られていきます。
 おもしろいのは兄が妄想体質なところです。彼は家事をするときに自分は「二七歳新婚六か月」であるとか「長女二三歳、次女一七歳、主婦歴二六年の四九歳主婦」であるとか脳内設定をこしらえて作業にいそしんでいます。女の子に対する妄想もふるっています。彼は妹の差し金で妹の友達のかこちゃんとデートすることになるのですが、初対面の時彼女を一目で気に入ってしまい、彼女は電車の中で文庫本を読んでいるタイプの美人なのだと勝手な妄想を繰り広げます。完全に脳にお花が咲いている状態なのですが、不思議といやらしさは感じられません。それはこの兄そのものが妄想の産物だからです。あとがきによると、この兄は実際に兄弟を持たない著者が妄想をふくらませて造形したそうです。女性作家の妄想の産物である兄が女の子について妄想するという二重のフィルターがかけられているので、その妄想は純度を増しあやうくも美しくなっています。