- 作者: 草野たき
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2007/11
- メディア: 単行本
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卓球部には卒業式に好きな先輩から制服のリボンをもらう伝統がありました。亜樹らが中二の時、在校生は後輩からリボンをねだられないかわいそうな先輩が出ないように、あらかじめジャンケンで担当を決めてリボンをもらいに行くように申し合わせていました。ジャンケンに負け続けた亜樹が担当したのは試合で一回も勝ったことが無く、彼氏もいない池橋先輩でした。ところが、せっかくもらってやるといっているのに池橋先輩に断られてしまい、亜樹はたいへんな衝撃を受けることになります。
草野たきの作風を知る読者なら、これからの一年で主人公が何人もの下級生からリボンをねだられるような魅力的な先輩に変身するという展開だけは絶対無いと予想が付きます。因果応報、自分の卒業式で彼女は自分が池橋先輩にしたのと同じ仕打ちを下級生から受けることになります。おそらく卓球しか依存するものがなかった中二の時の亜樹ではこの仕打ちに耐えるのは難しかったでしょう。では、なぜ彼女はこの仕打ちを受け容れることができたのでしょうか。
「そうやって夢が実現したからって、人の性格なんてかわらないよね」
「夢が叶ったからって、別人になれるわけじゃないもんね」(p114)
彼女は物語の中盤で、いつまでたっても自分は自分のままでいることしかできないということに対する絶望を吐露しています。人は変われないとするなら、どうやって人生の苦難をやり過ごしていけばよいのか。そのヒントは日常のささやかな経験の積み重ねで得るしかありません。
クラスで女子のグループに入り損ねて、仕方なくつるんでいた無口な文学少女と交流を深めていったり、母親の都合でいいかげんな家庭教師をあてがわれて夏休みをどぶに捨てそうになったり、卓球部でダブルスを組んでいた友達に裏切られてダブルスを解消されたり、ふとしたきっけけで進路について話し合っているうちに、今までどうとも思っていなかった幼なじみの男子が好きになってしまったり。人間のかっこいい面、汚い面、いろんな表情を見て亜樹は視野を広げていきます。卓球部の狭い世界に閉じることなく幅広い視野を獲得したことで、部内の出来事は彼女にとって致命傷にはなりえなくなりました。さらに彼女は自分を客観的に見る視点も手に入れています。
終盤、ダブルスの元パートナーの美佳が謝罪してきた場面、亜樹は「亜樹、なんかかわったね」「強くなったって感じがするよ」と言われます。でも亜樹は自分の気持ちをこのように冷静に見つめていました。
かわったわけじゃない。強くなったわけじゃない。こんなふうにはっきりと気持ちをつたえられたのは、先に白状してくれた美佳のおかげだ。そして今はもうべつにうまくやる必要のない美佳だからこそ、いえた本音だ。(p161)
研ぎ澄まされた言葉にほれぼれしてしまうではありませんか。
そして物語のラスト、卒業式で池橋先輩と同じようにリボンの受け渡しを拒否した亜樹は、後輩の「軽やかで、残酷なうしろ姿」を見送ります。このようなうしろ姿に傷つけられる事態には、誰しも長い人生の中で幾度と無く遭遇するはずです。草野たきはその傷を致命傷にしないようにするための手法を模索しているように思います。