「そのぬくもりはきえない」(岩瀬成子)

そのぬくもりはきえない

そのぬくもりはきえない

 まずは表紙を愛でましょう。酒井駒子の絵は美しすぎて賞賛する言葉すら見つかりません。
 岩瀬成子の長編です。作品世界の雰囲気は重苦しいです。主人公の小四の少女波は冒頭でいきなりクラスメイトの机にカマキリの死骸を入れるという奇行をしでかしてくれます。波にはいたずらをしようという悪意はまったくなく、ただ「だれかに見せてあげたいと思ったから」という動機でこんなことをしてしまいました。このエピソードだけで波がかなり難しい子であることが印象づけられます。ところが波はこんなにもたいへんな生きづらさを抱えているというのに、彼女は母親からソフトボールに絵画教室に進学塾といくつもの習い事をこなすように強いられていました。母親には自分の娘がどんな子であるかが全然見えていなかったのです。作品世界を重苦しくしている原因のひとつがこの親によるプレッシャーです。母親は携帯電話を駆使して波の生活に干渉してきます。娘の性質を考慮に入れず過大な期待を押しつける母親の言動は、児童虐待に等しいといっても過言ではありません。
 そんな波の日常に小さな変化を与える出会いがありました。彼女はふとしたきっけかけで独居老人の飼い犬の散歩を手伝うことになります。犬の散歩をするには習い事をさぼらなければなりません。ここで波は母親にささやかな反抗を始め、嘘をついて習い事をさぼるようになります。その老人の家の二階には幽霊が出るという噂がありました。波は二階で朝夫という正体不明の少年と出会い、交流を深めていきます。 
 岩瀬作品は単調に筋を追ってもあまり意味はありませんし、わたしには岩瀬作品の内容をあれこれ論じるだけの能力もないので、多くは語りません。ただただ岩瀬成子の繊細でしなやかな言葉に圧倒されるだけです。