- 作者: 次良丸忍,ささめやゆき
- 出版社/メーカー: 小峰書店
- 発売日: 1999/10
- メディア: 単行本
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主人公は小学6年生の阿部満。近所で開催されるマラソン大会に彼と同姓同名の阿部満という有名なマラソン選手が参加することになり、クラスのスクールカースト最上位の児童たちが応援団をつくろうと企画しました。満は名前が同じだというだけの理由で応援団に誘われ、リーダーに任命されてしまいます。普段おつきあいできないクラスの中心人物と関われることになって満は舞い上がっていましたが、やがてこの事態がまったくの不幸でしかなかったことに気付かされることになります。
満は名前だけのリーダーで、実際に応援団を仕切っていたのは発起人の河西という児童でした。満は自分の意向がまったく無視され、河西を中心に話がどんどん進められていくことに不満を募らせていきます。そもそも満の意見を聞かずに決められていた応援の方法が応援旗を持って阿部選手と併走するというもので、クラスで二番目に足の遅い満は事実上参加するのは不可能、最初から出る幕はなかったのです。この不満が満に思いがけない行動を取らせることになります。河西とともに買い出しに行った際、満は河西がトイレに行った隙に軽い気持ちで応援団の会費が入った財布を盗んでしまったのです。
翌日、河西が応援団のメンバーに責められているだろうと期待して学校に行った満は、予想だにしなかった光景を目の当たりにします。なんと誰ひとりとして河西を責めるものはなく、おたがいに自分が悪かったとかばい合っていたのです。満をよそに応援団メンバーには強固な信頼関係ができあがっていました。ここで満は他のメンバーと自分との間に越えられない壁があることを知り、絶望的な疎外感にさいなまれます。
さらに不幸は続きます。全てを話して謝ろうと満は河西の家に赴きますが、そこで河西と応援団メンバーが満が犯人だと疑って陰口をたたいているのを立ち聞きしてしまいます。満はとうとうこらえきれなくなり河西に暴力をふるってしまいます。もちろん実際に満は犯人なのですから、ここで逆上するのは筋違いだと責められてもやむを得ないでしょう。しかし今まで満が応援団メンバーに蔑ろにされ劣等感を募らせていった経緯を知っている読者は、もはや彼を一方的に責めることはできません。
次良丸忍はひとつの間違いがもとで自分をどんどん袋小路に追い込んでしまう少年の姿をこのように強烈な痛みとともに描き出しています。さらに翌日、河西は満に疑ったことを謝罪してきます。満が感情を静めることができずにごねていると、他の応援団メンバーの頭に血が上り満は暴行を受けてしまいます。満は蹴られながらこんなことを考えていました。
これじゃまるで、正義の味方にやっつけられた、悪い宇宙人じゃないか。
テレビじゃ粉々に吹っ飛んでしまう宇宙人だけど、このぼくはどうしたらいいんだろう。吹き飛ばされることも、蒸発することも、飛んで逃げることさえできない宇宙人は、いったいどこにいけばいいんだろう。いったいどこへ……。(p135)
繰り返しになりますが、満は実際に悪事をはたらいているので、ある程度の報いを受けるのは仕方がありません。しかし情状酌量の余地は充分にあります。彼の罪はここまでの屈辱を受けなければならないほど重くはないはずです。満個人の罪にばかり目を向けていると問題の本質を見誤ってしまいます。
満の悪事に証拠はまったくありません。実際彼の悪事は露見しないまま物語は終了します。となると、こう考えることもできます。財布の消失に満の関与はなく、単に河西が落としただけだったとしても、満は同じような災難にあうことになってしまう。つまり、満がどういう行動を取るかに関わらず、あらかじめ彼がひどい目にあうような仕組みが用意されていたことになります。こう考えると彼個人の行動の責任だけを問うのはあまりに酷です。次良丸忍は満を断罪することを作品の目的にはしていません。盗難事件の背後に隠された弱者が追いつめられていく学級集団の構造を注意深く暴き立てようとしているのです。