「きのうの少年」(小森真弓)

きのうの少年 (福音館創作童話シリーズ)

きのうの少年 (福音館創作童話シリーズ)

 ます問題にすべきは、「少年」とは何者なのかということでしょう。たとえば、「少年とは性的に未分化な存在である」と定義してみましょう。この物語は、6年生になったばかりのアキの見た夢の場面から始まります。5年前、アキ、ケイト、達弘、タケやんの仲良し四人組で近所にある池の主を見た思い出。このころの彼らは自分の性別を意識せずにふるまっていましたが、6年生にもなるとそうはいかなくなります。ただしそうしたことを自覚する時期には個人差があり、四人組の中で紅一点のアキがもっとも鈍感だったため男子は振り回されることになります。保健室で男子が見ている前で平気でジーンズをおろそうとしてみたり、キャンプで男子がひとりで入っているテントに潜り込んで一緒に寝ようとしたり。端から見るとヒヤヒヤしてしまいますが、当人はなぜちょっと前まで許されていたことがいけなくなるのかなかなか理解できません。登場する子供に性別を判定しがたい名前を与え、序盤に読者を少々混乱させるのは作者の作戦のうちなのでしょう。
 変化するのは性的な側面だけではありません。人間関係の変化、家庭環境の変化。ささやかなエピソードの積み重ねで、アキはなにごともだんだん変化していくことを知っていきます。
 幼い子供は時間の流れを意識することがあまりありません。しかし変化を知ることによって時間の概念を明確に獲得していきます。ここでもう一回少年の定義に戻ってみましょう。「少年とは時間の概念を持たない存在である」と、こう定義することもできます。かくしてアキの少年時代は終わりました。彼女は時間の概念を獲得し、永遠をなくしたかわりに過去と未来を手に入れました。こう考えるとラスト2行が重みを持ってきます。

来年の今ごろは、どうしているだろう。
そんなこと、たぶん初めて思った。
(p348)