- 作者: 藤野千夜
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2008/06
- メディア: 単行本
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「ペティの行方」は女の子が犬を盗むお話。彼女はクラスの女子グループのリーダーで「にっこりお願いするように見せかけてみんなにあれこれ命令するのが仕事」だったのに、その地位を追われそうになっていました。さしたる悪意もなく手を染めた犯罪によって追い詰められていく恐怖はなかなかのものでした。犯罪という非日常が契機になっているとはいえ、彼女を追い詰めるのはあくまで日常の人間関係であるところがまた怖いです。表紙の犬を抱いたかわいい女の子のイラストは詐欺もいいところです。
「アキちゃんの傘」は13歳の少女がたまたま学校に持ってきた傘の柄の部分が男性器の形状に似ていたためからかわれる話です。彼女はこの事件をきっかけに自分が「いろいろわかっているのに、なにもわかんないみたいな、子供のふりをしていた」ことに気づかされ、自分の家が家庭崩壊しかかっている現実に向き合うようになります。でも現実を認識したところで13歳の少女にできることは限られています。子供でいられなくなる時期のやるせなさ切なさががじんわりと胸に迫ってきます。こういうのはぜひ児童書として出してもらいたかったです。藤野千夜はリーダビリティーが高いので小学校高学年くらいでも充分理解できるし、こういう物語を必要としている子も少なからずいるはずです。
ところで、現在藤野千夜はどういう位置で評価されているのでしょうか。芥川賞を獲った当時はトランスジェンダーの作家ということで話題になっていましたが、どうもこのごろはそういったことはあまり前面に押し出されていないようです。最近になって藤野千夜の作品を読み始めた知り合いに作者がトランスジェンダーであることを教えるといたく驚かれました。その知り合いは藤野千夜のことを「若い女の子の気持ちがよくわかってる女性作家」だと認識していたそうです。確かに最近の「中等部超能力戦争」やこの短編集をみるとその認識は妥当に思えます。