「ハピ☆スタ編集部 レポーターなんてムリですぅ!」(梨屋アリエ)

レポーターなんてムリですぅ!―ハピ☆スタ編集部 (フォア文庫)

レポーターなんてムリですぅ!―ハピ☆スタ編集部 (フォア文庫)

 姉の陰謀で無理矢理小中生向けファッション誌「ハピ☆スタ」の子ども編集長にされてしまった未来乃の受難の物語「ハピ☆スタ編集部」の第2弾です。
 「ツー・ステップス」のさよちゃん、「スリー・スターズ」の弥生、「夏の階段」の遠藤珠生など、梨屋アリエ作品には「空気が読めない」「暗黙のルールが理解できない」という困難を抱えている子供が多数登場しています。わたしは彼女たちはアスペルガー症候群なのではないかと疑っていますが、素人診断ですし、梨屋アリエが作中で一度もその手の用語を使っていないので、レッテル貼りをすることにはためらいがあります。なのでここでは「空気が読めない」「暗黙のルールが理解できない」という目に見える事実を指摘しておくにとどめておきます。さて、この「ハピ☆スタ」シリーズは今挙げたような作品に比べると軽めの装いで登場しているので内容も軽いと思い込んでしまいがちですが、未来乃の抱えている困難もさよちゃんらが抱えているものと同等かそれ以上に重いものでした。
 姉の巴里花は未来乃の問題は「やる気がない」ことだと評していますが、その評価は間違っています。未来乃はやりたいことをいっぱい持っている非常にアクティブな少女です。彼女は雲を眺めることやネコの散歩についていくこと、編み物をして完成したら毛糸をほぐして最初からまた編み直すことなど、多様な趣味を持っています。なのに彼女がやりたいことをやっていると周囲からは「なにもやっていない」と見なされてしまうのです。彼女は「ぼけーっとしている」という評価もよく受けますが、それも間違いです。彼女は脳内で筋道の通った思考を巡らせています。ただしその思考が彼女が置かれている場面にそぐわないものであることが多いため、やはり彼女は「ぼけーっとしている」という評価を受けてしまうのです。未来乃があるがままに振る舞っていると永遠に世間からの評価を得ることはできません。世間の価値観との絶望的な隔絶が未来乃の不幸の原因になっています。
 未来乃の困難は、この巻では周囲から自分がなにを期待されているのかを読み取れないという形で発現しています。未来乃がリーダーの役割を果たしていないと編集部専用の掲示板で糾弾大会が始まった時、未来乃は「なんとか言え」といわれて本気で「なんとか」と言おうと考えていました。この場面は語りの力でギャグにされているので救いがありますが、彼女の空気の読めなさがいかに深刻かが如実に浮かび上がっています。
 さらに深刻さが見えるのが、未来乃がデザイナーの峰山先生の食事の誘いを受ける場面です。未来乃はあらかじめ姉から峰山先生は「変な人」かもしれないから絶対に二人きりにならないように注意を受けていましたが、誘われると断ることができず子供部屋に連れ込まれてしまいます。そして峰山先生の宝物だという「ぬがしやすい」ように設計された服を見せられておびえきってしまいます。もちろんフォア文庫でお見せできないような事態にはならず、脱がせやすい服の用途が明かされ感動的な展開になります。ここはこの巻の一番の山場となる場面なのですが、ここで未来乃の壊滅的な社会不適応っぷりが発揮されて感動の展開に水が差さされてしまいます。ああいうのを見せられたらたいていの人は反省するはずです。いや、より正確な言い方をするなら、心から反省はしないまでもここで自分が反省することを期待されているということは理解し、それらしいそぶりをすることはできるはずです。なのに未来乃にはそれができません。この出来事を受けて117ページから119ページにかけて未来乃が吐露する不満をどう受け止めるかが読者の課題です。「ハピ☆スタ」は他の梨屋アリエ作品以上に厳しく読者を選んでいます。

あたしは、偉くならなくても、すごい子じゃなくっても、今のままでいいんですけど(p119)

 それにしても峰山先生のお説教は惜しかったです。彼のお説教には確実に未来乃に必要な言葉が含まれていました。特に「人とちがうと不便なことも多いけれど、ダメなわけじゃない(p100)」という部分。未来乃は周囲から自分がダメ人間だと思わされている面がありますから、価値判断を含まない「不便」という言葉を使って自分の置かれている立場を見直させるのは有効です。ただ、彼のお説教はまわりくどすぎました。未来乃はたとえ話やまわりくどい話は苦手のようです。彼女に必要なのはおそらく簡潔かつ具体的な指示なのだろうと思います。