「水の精霊 第1部 幻の民」(横山充男)

水の精霊〈第1部〉幻の民 (teens’ best selections)

水の精霊〈第1部〉幻の民 (teens’ best selections)

 2002年から2004年にかけて発表された横山充男の「水の精霊」シリーズの第一部です。ゼロ年代の児童文学ファンタジーのベストテンを選ぶとするならこのシリーズがランクインすることは間違いないと思われるのですが、なんとも話が壮大すぎてどこから手をつけていいのか悩んでしまいます。作者は本気で思索的な物語を展開しようとしているらしく、遠慮なくオカルト用語を投げかけてくるのでYA向けの作品としては非常に難解になっています。
 物語の主人公はセゴシという流浪の民の末裔山本真人です。セゴシは古くから穢れを浄化する役割を担っていました。なかでも同じ日に生まれた男女のペアは「ふた咲きの花」と呼ばれ、特別な浄化の力を持っているとされています。真人は沢村みずきという少女と「ふた咲きの花」の絆で結ばれていて、一族の期待を背負うことになります。これが物語の経糸になります。
 物語の緯糸はセゴシの力を使って「花の儀」という儀式を遂行しようとする老人たちの暗躍です。黒幕は神代文字(!)で書かれた予言書「神界現界推移変遷道古世見」を持つ大学教授伴智利です。彼は与党である民政党の総裁羽賀英正ら有力な政治家を操って予言書に従って日本を動かそうとしていました。彼らは大和神道という宗教の信者でした。大和神道とセゴシは表裏一体の関係にあり、自然の運行の気を読み取るのセゴシで、それを政治の世界で現実化するのが大和神道の役割だとのこと。老人たちの思惑と真人の成長物語が絡み合ってシリーズは展開されていきました。
 第一部は14歳の真人が父親の薦めで父親の故郷、高知県一条市に赴くところから動き出します。彼は幼なじみの進藤洋輔から執拗ないじめを受けていました。やがて真人は彫刻刀で洋輔の手の甲を刺すという事件を起こしましたが、その後洋輔は遊園地のジェットコースターから不可解な飛び降り自殺を遂げました。洋輔の死を受け悩んでいた真人は一条で自分がセゴシの末裔であることを知らされ、祖父の導きでセゴシの成人の儀式に取り組むことになります。
 さて、冒頭からこの作品が難解であることを強調してきましたが、再読してみて印象が変わりました。第一部に限ってみれば物語の構造はいたって単純、少年の通過儀礼の物語の一言ですみます。さらに、「西の魔女が死んだ」に代表される都会で傷ついた子供が田舎で癒されるという物語のフォーマットも採用されています。ただし、採用されているのはフォーマットのみで、真人は全然癒されることはなく、逆に他人を浄化する役割を担わされてどんどん傷を増やしていくことになります。
 それにしても初読の時になぜこんなわかりやすいフォーマットに気づかなかったのが不思議です。もちろんわたしが迂闊だったことが一番の原因なのですが、目が眩んでしまったのはこの作品があまりに濃密だったからです。なにしろ真人が取り組んだ通過儀礼は漁で自然との格闘そのもの。そして自然の美しさ(特に四万十川、なにはなくとも四万十川)を怒濤のごとく叩き込み、合間にオカルト講釈。これが400ページ以上続くのですから、読んでる方も体力が尽きてしまいます。しかしこの濃密さがこの作品の最大の魅力です。