「あたらしい図鑑」(長薗安浩)

あたらしい図鑑

あたらしい図鑑

 13歳の少年五十嵐純は扁平足の矯正のために通っていた病院で、村田周平という老詩人と出会います。田村隆一がモデルと思われる巨体の詩人は、自らの30センチはありそうな豪快な扁平足を五十嵐少年に見せつけ、「おれと遊ばねえか?」と誘います。老詩人は「もやもやして言葉にならないもの」をスケッチブックにスクラップして「あたらしい図鑑」をつくるようにけしかけました。その後図書館で出会ったひまわり柄のワンピースを着た少女に一目惚れしてしまった少年は、衝動的に病院のひまわりを盗んでしまい、それを「あたらしい図鑑」の1ページ目にスクラップしました。
 世界の秘密を知りたいという少年らしい欲望が、この作品では蒐集欲という形で表現されています。それは「あたらしい図鑑」のスクラップと、詩人と出会ってから持ち歩くようになった国語辞典を使っての言葉の蒐集の両面からアプローチされていきます。単語から単語へ果てしなく続く言葉の森の冒険がこの作品の大きなみどころです。たとえば少年がひまわり娘のことを思いながら「精液」「生殖器」「有性生殖」「生理」「月経」「成熟」と単語をたどっていく場面。辞書に記された意味をたどりながら「彼女は定期的に子宮から出血している。彼女は熟している」という確信にいたる過程は、ただ辞書を引いているだけなのにドラマチックにみえます。
 少年の自意識の目覚めがみずみずしく描かれている良作でした。