「風の陰陽師四 さすらい風」(三田村信行)

風の陰陽師〈4〉さすらい風

風の陰陽師〈4〉さすらい風

 三田村信行による安倍晴明伝最終巻。母親と恋人を喪ったショックで軽く1年間ひきこもり生活を送っていた晴明でしたが、平将門に乞われて下総に赴き、将門と行動を共にすることになります。そしてまたもや藤原黒主の悪巧みに巻き込まれてしまいます。
 いい伝奇ファンタジーでした。彼と彼女に共通する秘密とか、最終決戦での奇妙な敵味方の分かれ方とか、語るべきことはたくさんありますが、ここでは三田村信行の造形した安倍晴明の魅力についてのみ語りたいとも思います。
 思い返せば序盤の彼は高名な陰陽師にしてはちょっと……というキャラクターに見えました。しかし愛する女性や最高の友との死別の悲しみを乗り越えた彼は、最終決戦では人が変わったような勇敢さを見せ、見事巨悪を打ち倒しました。こんなかっこいい……いや、愛すべき安倍晴明は今まで見たことがありません。



……と、ここで終わらせようかと思ったけど、やはり重要なところについて語ってきましょう。以下作品の結末に触れます。
 さて、ポイントのひとつは、人物の入れ替わりが多いということです。安倍晴明蘆屋道満の入れ替わり、袴垂保輔の入れ替わり、賀茂忠行と藤原黒主の一人二役もここに含めていいかもしれません。人物の同一性を重要視せず、代替可能なものとして描いているところがこの作品の特徴です。
 ふたつ目のポイントは、最終決戦で主人公の安倍晴明がラスボスであるはずの藤原黒主と同じ平将門陣営で戦っていることです。主人公と巨悪が手を組むのはあまりに異様に感じられます。晴明は平将門陣営にいる友達を人質に取られているようなものとはいえ、それだけでは動機が弱すぎます。娯楽小説としての盛り上がりを重視するなら、親友の敵討ちというわかりやすい動機で藤原黒主に立ち向かった蘆屋道満の方が主人公にふさわしいです。また、実は巨悪であった父親と戦う運命を背負わされた息子というおいしい役を与えられた賀茂保憲も、晴明より主役にふさわしいといえます。となると、どこかの時点で主人公が晴明から道満や保憲に入れ替わったと考えるか、それとも希薄なキャラクターである晴明が主人公であることにこの作品の意味があると考えるか、解釈が分かれるところです。
 結局、空虚な主人公であった安倍晴明は、蘆屋道満にその座を奪われてしまいます。作品世界は不安定で不安に満ちています。しかし、三田村信行のホラー作品を参照すればこういった不安は珍しいものではありません。彼の作品では、人間はいとも簡単に化け物に変身したり、あるいは増殖したりするのですから。三田村作品は相変わらず実存的な不安を抱え込んでいます。