「虎と月」(柳広司)

虎と月 (ミステリーYA!)

虎と月 (ミステリーYA!)

 中島敦の「山月記」を下敷きにした作品です。李徴の息子が、父が虎になった理由を探し求めて旅をする話です。
 なぜ李徴は虎になってしまったのか。そもそも、「李徴が虎になった」という情報は、言葉によって記述されたものです。そこで柳広司は、言葉とはなんぞやという根源的な問題にまで足を踏み入れようとします。それでいながら、ミステリとしての着地点もきちんとつくりあげています。児童書読みであれば、この作品の「虎」の設定から、ある前川康男作品を連想するかもしれません。
 それにしても柳広司という作家は、鋭い視点で戦争を描く人ですね。わたしは現時点での柳広司の最高傑作は、原爆の開発者が殺人事件の被害者となる「新世界」だと思っています。あの作品の驚愕の動機は、人が人を殺すことは傲慢な行いであることを示唆していました。そんな柳広司が若い読者向けのこの「ミステリーYA!」というレーベルで、戦争を背景にした作品を続けて2作発表したことには、大きな意義があります。