- 作者: 芝田勝茂,バラマツヒトミ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2009/04/16
- メディア: 新書
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- 作者: 芝田勝茂,方緒良
- 出版社/メーカー: 理論社
- 発売日: 1993/10
- メディア: 単行本
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まずはあらすじを紹介します。作品の結末に触れるので未読の方は注意してください。校長がかわり、急に競争主義に傾いた小学校が舞台です。その学校ではクラス編成が成績別になり、受験学年は行事への参加も制限されるようになってしまいました。そんな学校で中学受験をしない最低クラス、六年五組に所属することになった子供たちが物語の主人公になります。彼らは学校側や他の生徒の妨害に負けず、楽しみにしていた行事に参加しようと画策しますが、すべて叩きつぶされ、学校祭のために準備してたプラネタリウムも破壊されてしまいます。
ここで六年五組のメンバーは、遠い未来世界の光景を幻視します。未来世界では遺伝子をいじってつくられた優秀な人間「改善種」と自然のままの人間「非改善種」が対立していて、少数派である非改善種はまさに多数派の改善種に滅ぼされようとしていました。六年五組のメンバーは非改善種に転生して絶望的な戦いに臨み、最期の時を迎えます。
この作品が今どう受け止められるのか気になります。というのも、教育を巡る状況は理論社版が出た93年より現在の方が悪化しているからです。ゆとり教育の揺り戻し、全国学力テストの復活、世界的な不況の影響などで、競争主義は確実に激しくなっています。なにより93年と違うのは、93年はまだ教育基本法がご存命であったことですが……この話を始めると終わらなくなってしまうので、本題に戻ります。
それに、教育問題ばかりに気を取られていたらこの作品の本質を見失ってしまいます。この作品は、子供を迫害する悪い大人という縦の構図のみが語られているのではありません。むしろ六年五組を直接的な暴力で迫害するのは、他の生徒なのです。生徒間の横の軋轢を描くことで、作品は深みを増しています。
では、なぜ他の生徒は六年五組を迫害したのでしょうか。その動機は嫉妬です。ようするに、自分たちはがんばって勉強しているのに、あいつらばかり男女でいちゃいちゃして楽しそうにしていやがってという、わかりやすいものです。嫉妬するされるという関係性は未来パートでより顕著になります。未来パートでは「他者への見返りを求めない奉仕、自己犠牲……ちがう、いや、たしかとても短いことばだった。それはパートナー同士だけじゃなくて、縦とか、横とかの共同の関係に対しても成立するという、わけのわからない不思議な概念(青い鳥文庫版240〜241ページ)」なるものが問題になってきます。これを失った改善種は、それを保持している非改善種に嫉妬していました。六年五組、および非改善種は少数派でありながら、嫉妬されるという面では強者なのです。
作品を読者に受容させる上で、この特性を彼らに持たせたことは、大きな危険性をはらんでいます。なぜなら、嫉妬する側が多数派である以上、読者も主人公側に肩入れできない可能性が高いからです。嫉妬する側の視点で見ると、少数派の美点は容易に少数派の独善、傲慢に反転してしまいます。六年五組のメンバーが最終的にたどりついた、自分たちが多数派に「手をさしのべる」という決意も、嫉妬する側から見れば鼻持ちならないものに思えるでしょう。作品の魅力は、このような危うさを持ちながらバランスを保っているところにあります。
そのバランスを成立させているのは、谷脇という少年の存在です。彼はどちらかというとがんばって勉強するタイプの子供で、六年五組の中では少数意見の持ち主で浮いた存在でした。しかし彼は、未来パートでは非改善種のリーダーになっているのです。谷脇は小学生でありながら民主主義の高度な理解者であったため、こんなアクロバットが可能になりました。
六年五組の男子がクラスに張り出された成績の順位表を破ったときのエピソードに、谷脇の特質がよくあらわれています。この事件後クラス内の話し合いで順位表を破ったことに賛成するか決を取ったとき、谷脇はたったひとりで反対しました。ところが採決後彼は、「(自分を含めた)六年五組全員が(順位表を)破った」のだと宣言し、事後処理を引き受けます。クラスの女子に皮肉めいた口調で「いやなら加わらなくていい、共犯者になることなどないでしょ」と言われても、谷脇はこう返答しました。
「あのね。採決に加わっているということは、決定には従うということのなの。それが民主主義のルールというものでしょうが。」(青い鳥文庫版122ページ)
かっこいいとしかいいようがありません。ここまで筋を通せる小学生などそうはいないでしょう。谷脇というキャラクターをつくりあげたことがこの作品の最大の成果です。彼の存在のため、作品は上質の民主主義の教科書にもなっています。
芝田勝茂は自作の新装版を出す際に大幅な加筆訂正をする作家として知られているので、青い鳥文庫版での修正部分についても検証したいところですが、理論社版が手元にないので今日はここまで。思い出せるかぎりでも、名前の変更、非改善種の生殖に関する記述が削られている点など、未来パートはだいぶ修正されているようです。