「風の靴」(朽木祥)

風の靴

風の靴

第3長編「彼岸花はきつねのかんざし」が第33回児童文芸家協会賞受賞を受賞し、ますます注目度が上がっている朽木祥。第4長編である本作では、初めて長編リアリズムに挑戦しました。
主人公は中学1年生の海生。優秀な兄と比べられることにうんざりしていた彼は、兄が合格した中学校の受験に失敗し落ち込んでいました。さらに自分にヨットを教えてくれた祖父の訃報まで舞い込み、最悪の気分になってしまいます。そこで彼は、親友と愛犬を仲間にして家出を計画します。予定外に親友の妹がついてきてしまい、さらに海では遭難者の青年を拾ってしまって、家出計画は波乱含みで実行されることになります。
この作品のすごさは、面白くしようと思えばできそうなところを広げずに、禁欲的に物語を紡ぎ上げている点にあります。遭難者の青年の秘密なんかはあまり執拗に追求せず、航海の様子やキャンプの楽しさの描写に筆を割いています。祖父の過去についても大げさに騒ぎ立てません。ストーリーラインや筆致に抑制を利かせることで、静かに読者の興味をかき立てています。朽木祥ほどの筆力の持ち主でなければ、こんな芸当はなかなかできないはずです。
デビュー作「かはたれ」は、語るべきところを語らなすぎたために失敗作になってしまいましたが、本作では語ることの取捨選択の妙が神懸かっています。この間の彼女の成長は目覚ましいものがあります。
朽木祥の次回作にひとつだけ要望したいことがあります。それは、今度は人を殺さないで長編を拵えてもらいたいということです。現時点で発表されている4作の長編はすべて死別が重要なテーマになっています。しかし、彼女ほどの力の持ち主なら、そんな飛び道具に頼らなくてもいくらでも感動的な物語が書けるはずです。人が死なない物語に挑戦した時、彼女の真の実力が試されることになるでしょう。