「オーボラーラ男爵の大冒険 イシシとノシシのスッポコペッポコへんてこ話」(原京子/文・原ゆたか/絵)

ゾロリ」の番外編です。おおかみのウルウルに捕まってしまったふたごのいのししイシシとノシシ。ふたりは命を長らえるために、ウルウルにお話を語って聞かせます。イシシとノシシをシェーラザード役にした枠物語の形式になっています。枠の中の物語はほら吹き男爵をアレンジしたもので、この作者にかかれば面白くなるに決まっているので特に語るべきことはありません。ここでは、枠の外のイシシとノシシの企みを見ていくことにします。
イシシとノシシは、ウルウルに「なんでやねん!!」と「ほんまかいな!!」の2種類の「つっこみカード」を渡し、ウルウルをうまく乗せて物語につっこみを入れるように仕向けます*1。つっこみを入れるという行為は、物語を批評することに他なりません。イシシとノシシ(とその背後にいる作者)は、ウルウル(とその背後にいる読者)を批評家に仕立て上げようとしているのです。
批評することを覚えることで読書の楽しみは広がりますが、その楽しみから逃れることは難しくなってしまいます。批評家とは読書の楽しみに深く囚われてしまった哀れな読者でしかありません。案の定、つっこみの楽しさを覚えてしまったウルウルは、イシシとノシシの語るホラ話を心待ちにするようになってしまいます。
しかしおそろしいのはこれからです。イシシとノシシは、ウルウルを批評家として育て上げながら、最後の話ではこんな指示をするのです。

「あらためてことわっておくだが、ウルウルさん、これはつっこみがいれられないほどおもしろい冒険話なので、じっくりきいてほしいだな」(p129)

最後はウルウルにつっこみを入れることを禁止してしまいます。イシシとノシシ(とその背後にいる作者)は、ウルウル(とその背後にいる読者)を批評家として育て上げました。さらにその上で、批評家を飼い慣らそうとしているのです。
イシシとノシシ(とその背後にいる作者)の企みのおそろしさには、戦慄を禁じ得ません。 

*1:この「つっこみカード」はおまけとして本に付いているので、読者もウルウルと一緒につっこみを入れられるようになっています。