「初恋リアル」(香坂直・樫崎茜・片川優子・菅野雪虫・椰月美智子)

YA!アンソロジー 初恋リアル (YA! ENTERTAINMENT)

YA!アンソロジー 初恋リアル (YA! ENTERTAINMENT)

講談社児童文学新人賞出身の女性作家によるアンソロジーです。タイトルがバカっぽいですが、これは隠れ蓑です。いい意味でも悪い意味でもひどい作品集でした。

「初恋のたねは、ころんとゆれる。」香坂直

他の作家がスタンドプレーに走る中で唯一まともな初恋の話でした。全部読み終わってから読み返すと、普通であることがいかにすばらしいかが実感できます。

「マッチ売りの少年」菅野雪虫

母親が変な宗教にはまってしまったために禁欲的な生活を強いられる少年と、それを救おうとする少女の物語です。WiiやDSなど作中に出てくる固有名詞をみれば、作品の舞台は現代の日本であると思えます。しかし主人公には固有名を与えずただ「少年」「少女」と呼ぶことで作品世界が抽象化され、日本なのにどこでもない絶妙な寓話的世界がつくりあげられています。
少年の不幸の原因のひとつは明らかに宗教にありますが、菅野雪虫は宗教にのみケンカを売っているわけではありません。一方の少女の方の豊かさも過剰でどことなく居心地の悪い思いをさせられるのです。そこからあの悪い冗談としか思えない結末が必然的に導かれていきます。
デビュー作「天山の巫女ソニン」で一躍社会派児童文学作家として名を馳せた菅野雪虫ですが、ここまで辛辣な寓話を書いてくるとは予想できませんでした。彼女に対する期待は高まるばかりです。

ローリングストーン」樫崎茜

姉の命令で嫌々出かけた図書館で同学年の磯貝さんを見かけて以来、朔哉は磯貝さんのことが気になって仕方がなくなってしまい、彼女を見たいがために毎日図書館通いをするようになりました。思いあまってラブレターを書いたところ、それを入れたトートバッグをマクドナルドで紛失するという大失敗をやらかします。その翌日毎日のように図書館に来ていた磯貝さんが現れず、朔哉は何があったのだろうと思い悩んでしまいます。
樫崎茜は、読者が興味を持つであろうポイントを意図的に投げっぱなしにして、読者に気持ち悪さを味わわせる芸風を試しているように思われます。その試みが成功しているか判断がつかないので、今のところ彼女の評価は保留にしています。さて、この短編でもラブレターの行方と磯貝さんが図書館に来なくなった理由が案の定投げっぱなしにされています。しかしこの作品は、朔哉が初めて体験する感情にとまどい、それを分析しようとするさまが痛くて面白いのでそれだけでも楽しめます。ラブレターに「切ない」という言葉を使うのが適切かといったテーマから始まる、友人との間で繰り広げられた恋愛談義はなかなかスリルがありました。
それに磯貝さんが図書館に来なくなった理由は想像がつきます。きっと図書館でただならぬ表情で自分を凝視しているストーカーの存在に気づいたからでしょう。

「東京プリン」片川優子

ルームシェアをしている友人が亡くなった後、その友人の姉が部屋に上がりこんでくる話です。個人的に嫌いなタイプの話ではないのですが、このレーベルでやる意図がよくわからないので特にコメントはありません。

「恋の石」椰月美智子

主人公が29歳で相手が17歳です。これはなんかの条例に引っかかってしまうのではなかろうか。もちろん児童文学やYAで性描写をすることは悪いことでありません。ただしこの作品の場合、この行為が青少年に対する性的搾取であるという視点が作中に全くないのが問題です。はっきり言って不快な作品です。