「僕とあいつのトライアル」(川上途行)

僕とあいつのトライアル(teens' best selections25) (teen’s best selections)

僕とあいつのトライアル(teens' best selections25) (teen’s best selections)

駆け出しのお笑い芸人正哉と妙に大人びた小学3年生の少年タカシの奇妙な友情物語です。お笑いを的確に評価するセンスを持つタカシに正哉が自分のネタを批評してもらうという関係のふたりでしたが、やがてコンビを組んで芸能活動を始め、そこそこ売れるようになります。
段階を踏んで上に上がっていくという一般的な成長の概念に異議を申し立てることに、作者はこだわっているように感じました。主人公の一方は売れなければ何歳になっても「若手」と呼ばれてしまうお笑い芸人。一方は学校の先生から「子供らしくない」ことを非難されるような少年で、子供から大人へという通常の意味での成長を必要としていません。タカシが成長について語っている部分をみてみましょう。

今回思い切ってやってみたことで、僕が成長したなんて思いたくはない。僕が新しい僕になっているんだったら、それはあのころの僕を否定することになる気がしていやだった。
(p79)

僕は、幼虫でもさなぎでもない。僕は僕のままで、でも時間をかけながら、きっとこれからも少しずつ変わっていくんだ。
(p223)

彼は体験を通して学ぶこともありますが、別の事態に直面して停滞したり後退したりすることも繰り返しています。タカシの成長はだんだんとステップアップしていくものというより、ぐるぐるループしていくものととらえられているようです。
そういった成長観が前提にあるため、大人と子供の関係も垂直的なものになっていません。大人になりきれない「若手」芸人の正哉と変に大人びているタカシの関係は対等なものになっています。タカシの家庭は母子家庭で、母親の年齢と正哉の年齢が釣り合っているので、このふたりが結婚して正哉とタカシが父と子という対立した関係になるというルートも考えられます。しかし、物語の序盤から正哉の恋人の存在が明かされているため、このルートはあらかじめ排除され、正哉とタカシはいつまでも同じ地平に立てるように設定されています。