「天山の巫女ソニン五 大地の翼」(菅野雪虫)

天山の巫女ソニン(5) 大地の翼

天山の巫女ソニン(5) 大地の翼

「天山の巫女ソニン」完結編です。今だから言えますが、1巻の時点ではここまで面白いシリーズになるとは予想できませんでした。巻を追うに従ってキャラクターの生かし方や話の転がし方がどんどんうまくなって、終わってみれば一級のエンターテインメントになっていました。
エンターテインメント性も重要ですが、このシリーズの一番の美点はわかりやすさです。三国の国家対立という児童向けとしては複雑な物語を、最新の時事問題なども取り入れながらかみくだいて説明し、社会の仕組みをスムーズに学べる作品に仕上げてしまいました。おそらくこのシリーズは、自力で新聞を読み出したり、夜のニュース番組を見たりするようになった小学校高学年から中学1,2年あたりの年代の子が一番楽しめると思います。
ファンタジーとして始まりながらだんだん社会風刺小説としての側面を前面に出すようになったこの作品が、最終的にファンタジーであることを放棄したことにも注目する必要があります。そもそもこの作品の世界は、天山の巫女の予知能力を除けばわれわれの世界とあまり変わるところはありません。その天山の巫女の力が最終巻でオカルトではなくなってしまったので、もはやファンタジー要素はなくなってしまいました。
このシリーズで菅野雪虫は、娯楽性が高くかつ高度なテーマ性を持った作品を仕上げる実力を証明しました。若手の注目株の一人とみて間違いないでしょう。シリーズ完結後彼女は、アンソロジー「初恋リアル」で格差社会や宗教をテーマにした薄気味の悪い短編を発表し、業の深さをみせてくれました。彼女が次にどんな物語を見せてくれるのか期待は高まる一方です。あ、でも次の作品に移る前に、「天山の巫女ソニン」の外伝としてイェラ王女の覇道の物語をみせてもらいたいですね。