- 作者: 梨屋アリエ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2009/11/25
- メディア: 単行本
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「ジグソー・スイッチ」
おへそに生えたひもを引っ張ると体をバラバラに分解できる少女の物語です。分解された身体は割と簡単に元に戻せるのですが、その際にいらないパーツを外してしまうこともできます。外せるパーツには身体的なものだけでなく精神的なものも含まれていました。少女は「完璧で清潔な大人に近づけるよう」に、いらないパーツをどんどん捨てていきます。
思春期の身体に対する嫌悪をリアルに描いた作品です。普通このネタだったらホラーになりそうなところですが、コメディに仕上げているのが梨屋アリエらしいです。
「シャボン玉同盟」
女はずるい。女は男よりも特別に清らかだと思っている。女だって、産毛がびっしり生えているし汗もかく。(中略)それに、子どもを産む。腹の中から別の小さい人間が出てくるなんて、冷静に考えたら、内臓ドロドロなスプラッタみたいじゃないか?いっそのこと、卵で産むほうが、生き物として高度で清潔じゃないのか?
(p100)
「ジグソー・スイッチ」で描かれた身体に対する嫌悪が、自分でなく他者に向けられた場合どうなるかというお話です。もしくは、二次元耐性のない男子がいきなりラブプラスを拾ったらどうなるかというお話だと思います、多分。
少年の初恋の相手は、隣家から飛んできたシャボン玉でした。シャボン玉の中にはかわいい女の子がいて、少年に愛の言葉をささやきかけてきます。少年がシャボン玉の謎を確かめるべく隣家に行くと、オタク青年が出てきました。青年の話によると、シャボン玉の中の少女はゲームのキャラクターだとのこと。青年からシャボン玉セットを分けてもらった少年は、ゲームの少女との蜜月を楽しみます。
シャボン玉に女の子の姿を映してなおかつ会話をさせるという超技術がありながら、肝心の女の子の知能がラブプラス並みで会話がかみ合わないところに妙なリアリティがあります。しかし、女の子の不完全さは逆に女の子に対する思いの純粋さを保証する担保にもなっていて、なかなか複雑です。少年はシャボン玉に耽溺する一方で、生身の人間に対する嫌悪を募らせていき、上記のような痛々しいことをのたまいます。思春期の潔癖症が空回りするさまを見事に描ききった傑作です。
「世界を征服する前に」
目に見えない段差を感じることができる少女と世界征服を目指す少女の恋物語です。女の子同士の水面下の主導権争いがドロドロしていて恐ろしかったです。
「連れ恋」
ぼくは恋というものが、よくわからない。でも、湯気のような、ほのかな気持ちは持っていた。好きな人がいるという雰囲気を、味わってみたかったのだ。ぼくの心の中には特別にかわいい女の子がいて、その子のことを考えると、温かな優しい気持ちになれる。ひよこをかわいがるみたいに。
そんなんで、充分だったんだけどなあ。
(p234)
心の中にタマゴを飼っている少年の物語です。タマゴはやがてひよこになり、ニワトリに成長します。
この作品集の中ではもっともストレートな恋愛小説です。少年の恋愛観は引用部分のようなほほえましいものだったのですが、心の中のニワトリは恋をしろとせかすようにくちばしでつついてきます。自分の感情はままならなくてつらいけど、ままならないからこそ愛おしくもあると、そういうお話です。