「お嬢様探偵ありすと少年執事ゆきとの事件簿」(藤野恵美)

藤野恵美青い鳥文庫でのミステリ新シリーズです。藤野恵美はすでにカラフル文庫で「怪盗ファントム&ダークネス」シリーズというすばらしいミステリをものしており、児童文学界では希少な本格ミステリの書き手として期待されています。本格ミステリを書く力のみで評価するなら、わたしの見立てでは彼女ははやみねかおると並んで児童文学界のトップに立っています。
新シリーズは11歳のお嬢様ありすを探偵役とする本格ミステリです。彼女に仕える少年執事のゆきとが語り手となっています。
友人の婚約パーティーに招待されたありすは、、「おまえの婚約者相手は、犯罪者だ」という脅迫状が送られきたことを相談されます。そこに解決済みだったはずの5年前の宝石盗難事件が絡んできて、婚約パーティーは惨劇の舞台に……。
藤野恵美はうまいに決まっているので、ミステリ要素に関しては何も言うことはありません。緻密に張り巡らされた伏線、手がかりの意外さ、お約束のどんでん返し、本格ミステリの様式美に対する愛がたっぷり詰まった、美しいミステリでした。
キャラクターの持つポテンシャルの大きさにも注目しておく必要があるでしょう。まずは探偵役のありす。本や書類が乱雑に散らかった部屋に生息し、推理に明け暮れる彼女には謎がいっぱいです。時には執事を実験台にして殺人トリックの実験をするお茶目さもあって、目を離すことができません。
探偵としての彼女は、豊富な知識と鋭い洞察力を背景にすべてを見通してしまう天才型です。基本に忠実なので、そのかっこよさは保証されています。しかしその一方で、自分が事件に介入することで他人の運命を変えてしまうことを思い悩むようなナイーブな面も持っています。藤野恵美はあとがきで、「ありすは『名探偵』ではなく、ただの『探偵』です」と述べています。そのあたりのこだわりも含めて、ありすのキャラクターは今後さらに深められていくことでしょう。
語り手のゆきとも業が深そうです。彼は両親を交通事故でなくした孤児です。しかし逆境に負けずけなげに生きていて、気むずかしいありすお嬢様にも懸命に仕えようとしています。そういうわけで彼は、童心主義を体現するようないい子なのですが、そのいい子さが過剰なところが少し気になります。両親の交通事故にも謎が隠されているようなので、それが今後の展開にどう絡んでいくのか楽しみです。